堀茂樹 on twitter 「リベラル」こそがパターナルな、権威主義的な振る舞いをする事が多い

2019/09/18(水)朝のうち晴れ,昼11時ころから雨
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シモーヌ・ヴェイユ 田辺 保 訳
『 重力と恩寵 』
シモーヌ・ヴェイユ「ノート」抄
講談社文庫 昭和49年 1月15日 第1刷発行

幻 想 p.87~100
 人間の中においては(聖性や天分が最高の形であらわれている場合は例外として)、本当のものだという印象を与えるものは、かならずといっていい位にせものであり、本当のものは、かならずといっていい位にせものだという印象を与える。
 本当のものを表現するには、つらい努力が必要である。本当のものをそれと認めるのも、同じである。にせものならば、あるいはせいぜいのところ表面的なものならば、表現するにも、それを認めるのにも、努力は要らない。
 本当のものが少なくとも、にせものと同じ位に本当のものに思われるとき、聖性とか天分がかがやき出しているのである。だから、聖フランチェスコは、通俗的で芝居がかりの説教家とまったく同じように、聴衆に涙をしぼらせたのである。( p.96 2~10行目 )

❑ 本当のことば = 堀 茂樹 on twitter 「リベラル」こそがパターナルな、権威主義的な振る舞いをする事が多い

堀 茂樹
https://twitter.com/hori_shigeki
2019/09/16
今の共産党は「市民連合」なる団体を楯にし、ありもしない「13項目の政策合意」を持ち出すから困るが、歴史のある局面では、目指す国家像の異なる勢力との信義ある連携も戦略的に有効。政治は静止画としてでなく、展開中の動態として捉えるべき。力関係を変えたいならば。⇒

政治は現実の中での闘争です。前門の虎に行く手を阻まれている時に、後門の狼までも、「目指す国家像が異なる」といって敵に回すのは、無能で無責任な戦士です。むしろ後門の狼と組んで(但し、その狼に引きずられる力関係ではダメ)前門の虎を倒し、しかる後、必要があれば後門の狼と勝負すべきです。

ところで、少なくとも日本では、保守がリベラルを包摂する事はあっても、その逆はあり得ない。小川淳也議員が日本記者クラブでの講演で、立民党と国民党の合流・合体の形として、よりリベラルな(?)立民系を主とし、より保守的な国民系を従とする「主従関係」を推奨したが、まさに机上の迷妄である。

なお最近、「リベラル」の対極に「保守」でなく、「パターナル」を置く座標軸が流行っているが、実は今日、世界の他の先進国でも日本でも、「リベラル」こそがパターナルな、権威主義的な振る舞いをする事が多い。「リベラル」がリベラルな主張をパターナルに押しつける、という傾向が顕著なのである。

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