憲法改正手続きと「討議の祝祭日」

たまき雄一郎 ブログ
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憲法についての考え方は、これまで国会論戦や選挙中にも申し述べてきたとおり、まずは、前の前の国会から積み残しになっている国民投票法改正案の議論を行うべきとの考えです。 2019年07月28日

❐ 憲法改正
1) 国民投票法の不備の可視化

 政治家たちはいつも言う「静かな環境のなかで憲法改正について議論すべきだ」と。
 けれど,それは主権者つまり本来の権力主体の暴走に対して議会が歯止めをかけるという議会の理想の状態が実現している状態においてだけ,有効な考え方であって,現況では,いわば暴走する安倍・自民党政治の渦中のどこが「静かな環境」かはまったく不明である。
 そして,密室で弄された詭弁に基づく少数者の利害が力を持つ改正案の発議にしか行き着かないことが,容易に想像できる。

 だからこそ,まず現行の国民投票法の不備を国民の前に明らかにすることは急務だ。
 「議論から逃げない」ということは,とりもなおさず玉木雄一郎・国民民主党代表の言うように,初めに改正手続きに係る議論を安倍首相にぶつけることではないか。 ど真ん中,直球ストライクを決める議論が行われることを,私は強く望む。

2) 国民が熟議できる期間の設定が,憲法改正に必須
 それでは,私たちには何が可能か。
 長谷部 恭男 『憲法とは何か』をくり返し読んで得たことの1つは,「討議の祝祭日」という考えで,ぜひこれを法制化してもらいたいとおもう。

 憲法改正について自制のある議論を可能にするためには,国会で「改正発議」がなされた後に,国民すべてが,少なくとも2年間の「討議の期間」を持ち,その後にたとえば2日間の「討議の祝祭日」を持つことを,私は強く提案したい。


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長谷部 恭男 『憲法とは何か』

はしがき

 ただ憲法には別の側面もあります。( p.ⅱ )

 憲法の過去を、平和とだけではなく国家間の深刻な対立や戦争とも結びつきうる憲法のデモニックな姿を知る必要があります。( p.ⅱ )

 当たり前の話ですが、憲法を変えたとき、われわれの暮らしが良くなるか否かは、憲法をどう変えるかによります。( p.ⅲ )

 本書は、憲法が立憲主義に基づくものであることを常に意識し続けなければならないという立場をとっています。

 なぜ、立憲主義にこだわることが必要かといえば、根底的に異なる価値観が裸のままでぶつかり合ったとき、平和な社会生活や国際関係は極めて困難となるからです。( p.ⅲ )

第4 新しい権力分立?

【文献改題】
 最近のアッカーマン氏は、通常政治の場においても、一般市民が公共の問題について正確な知識に基づく真剣な討議を行い、それを大統領選や連邦議会議員の選挙等での選択に生かす道はないかを考え続けている。 その解決案が「討議の祝祭日( deliberation day )」、つまり、国政に関する重要な投票に先立って、一般市民が主要な争点に関する理性的な討議に参加するための数百人規模の集会を全国にわたって開催できるよう、国民の休日を設定するというアイディアである( Bruce Ackerman & James S.Fishkin , Deliberation Day( Yale University Press , 2004 )。  討議の日は大統領選挙を典型とする国政に関わる投票日の二週間前に、二日間にわたって設けられる。 警察・消防のような必須のサービスに携わる人々をも含めて多くの人々の参加を可能にするためには、二日に振り分けた休日の設定が必要である。 討議の日には、何が選挙の争点であるべきか、対立する候補は、それらの争点についてどのような態度をとっているのか等の問題について、地域ごとに約五〇〇人の単位で討議を行う集会が開催される。 有権者は、集会への参加を義務づけられるわけではないが、参加した場合には、一五〇ドルの日当が支払われる。 <中略> 討議の日は、国政選挙の方向づけを世論調査やテレビのワイドショーから、的確な情報にもとづいて真剣な討議を行う一般市民の手に取り戻す実現可能なアイディアとして考慮にあたいする。( p.120 ~ 121 )

第5章 憲法天の変化と憲法の変化

 ところで、憲法を変えることにつながらない憲法典の改正や、妙な方向への憲法の変動をもたらす憲法典の改正に付き合わされないための工夫としては、どのようなものが考えられるであろうか。 第4章の文献改題で紹介した「討議の祝祭日」を改正の国民投票に先立って設けるというのも一つのアイディアである。  ( p.141 )

第6章 憲法改正の手続き
あるべき国民投票制度

 ここでは、あるべき国民投票制度について、三点の提案をしたい。 第一に、国会による改正の発議から国民投票まで、少なくとも2年以上の期間を置くこと。 第二に、国民投票にいたるまでの期間、改正に賛成する意見と反対する意見とに平等でしかも広く開かれた発言と討議の機会を与えること。 第三に、投票は、複数の論点にわたる改正案について一括して行うのではなく、個別の論点ごとに行うことである。 いずれも、有権者による投票が、短慮や情緒ではなく、十分な情報と熟慮に基づいて行われるようにする工夫である。( p.157~ 158 )

❐ 住友陽文 on twitter

住友 陽文 2019/07/27
https://twitter.com/akisumitomo
改憲論議停滞なら議長交代必要 自民・萩生田幹事長代行 | 2019/7/27 - 共同通信 https://this.kiji.is/527577605631542369 … 憲法は総理・国務大臣・国会議員の手足を縛るもの。 自分たちの手足を縛る最高法規をいじりたがる「政治」屋たち。 主権者からその縛りを緩めてもよいなどと言った覚えはないが。
KYODO
https://this.kiji.is/527577605631542369
改憲論議停滞なら議長交代必要
自民・萩生田幹事長代行
2019/7/27 10:43 (JST)
©一般社団法人共同通信社
 自民党の萩生田光一幹事長代行は26日夜のインターネット番組で、憲法改正論議が停滞するのであれば、大島理森衆院議長を代える必要があるとの認識を示した。

安倍周辺が「憲法を議論しろ」と言い続けている。 憲法論議や民主的議論の土台を壊しながら、「憲法を議論しろ」と叫んでいる。 反則ばかりし、しまいには土俵を破壊する力士がいたとして、誰がその力士と相撲を取りたがるのだろうか。

最後は国民が直接投票で決定するからええやろと言う人もいる。 主権者は時に国家を破壊しうる。 だからこそ国会がその防波堤になるのではないか。 なぜ国会決議のハードルが 2/3 以上と高いのか。 主権者にまともな改正案を提示するためではないか。 その意味をよーく考えるべきだ。

なぜ国会の改憲案発議要件が厳しいのか。 戦前は天皇が改正発議権を独占していたが、戦後は国会が占有するようになったからだ。 戦前の天皇並みに国会の役割を現行憲法が重視したためだ。 国権の最高機関だからこそ、その権限に対する制約も厳しく、また責務も重い。国民が決めるからええやろではない。


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◇ 参 考
国民民主党
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