「死ぬなら一人で死ね」論争

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 事件が陰惨であればあるほど,単純で無節操な “時事評論家”の言説が世間を跋扈する。
 「死ぬなら一人で死ね」とは,もちろん「自らの抱える悲愴,悲哀,絶望に他人を巻き込んで殺すな」という意味であることは分かる。
 だが,この発言に対する賛否を言うことを「論争」とは呼べない。
 そもそもが「論」ではなく,感情的反射の言説だからだ。

 〈生〉は,どういった形であれ,〈個人〉〈たった一人〉にしか属さないものであり,〈死〉も,また然り。
 だから,被害の当事者ではない私(たち)が,被害者とご家族,ご友人たちのためにできることと言えば,胸のなかでしずかに追悼の合掌をすることしかない。


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