広島で被爆者の治療にあたった看護婦の小冊子『戦いに若き命を散らすことなく』

救護看護婦時代の著者
画像


 岩手県でも桜が満開しているという。
 昨日,岩手県盛岡市在住のMさんから 小冊子 三本木郁著『 私の原爆体験記 戦いに若き命を散らすことなく 』 が贈られてきた。

 連休に広島を訪れる人も多くいるだろうか。
 ちょうど広島平和記念資料館(原爆資料館)がリニューアルし,4月25日に全面オープンしたと報道された。
 原爆を実体験した人びとが高齢となっている現在だが,被爆の実相,実態について記録し後世に伝える努力が,それでもなお,全国に静かにある。
 被爆者の治療にあたった看護婦としての実体験の記録は,科学的な視線を持ちながらも,息を吞む迫真力に満ちている。
 私とて「平和」や「原爆」のことを考えてはいても,戦後生まれのイージーさを免れることはないと つくづく感じさせられた。

( 注 ) 当時,看護師という言葉は使われていなかった。

三本木 郁
私の原爆体験記
 戦いに若き命を散らすことなく 』
 原爆を体験した人間だから、それを語り継いで多くの人たちに知ってもらうことが、私たちに負わされた責任ではないだろうか
(p.56)
画像

著者近影
画像

目 次
画像

 この60ページの冊子は,原爆が投下された8月6日から9月20日までの46日間の被爆者救護活動と,帰郷までの記録。

 著者は卒寿(90歳)を迎えて,現在,北海道余市町の高齢者福祉施設に暮らしている。 第二次大戦中は,札幌で日赤に看護婦として所属していて,昭和20年5月8日,日赤救護班として召集され,広島の大野陸軍病院(旧広島陸軍病院大野分院)に勤務。 この大野陸軍病院は米軍に接収されるという話しがあったが,9月17日の枕崎台風による土石流で全壊し,閉鎖された。 著者はたまたま非番で2階の部屋にいて土石流による被害をまぬかれたという。


ブログランキング・にほんブログ村へ



この記事へのコメント

この記事へのトラックバック