「通常学級教育困難児」だった,あいちゃんのこと

 私は小学校を3回転校した。転勤と言えば聞こえはいいけれど,父親が左遷されただけってことは,子どもだった私にも薄々,わかっていた。

 3つ目の小学校には,なかなか馴染めなかった。
 そこで初めてできた友だちが,あいちゃんだった。
 あいちゃんは,いつも笑っていた。
 転校したての頃,クラスのほとんどの子たちは,私の話し方がヘンとか,遊び方のルールを知らないとか言いたてて「仲間ルール」が絶対の「世間の掟」の中で元気いっぱいだった。そう,ただ単に子どもらしい「仲間ルール」で過ごしていただけで,別にイジメて余所者を排除しようとしていたわけではなかったんだけど。
 あいちゃんは,クラスの中で,みんなの仲間に入らずに,たいてい1人で遊んでいた。 クラスのほとんどの子たちが,あいちゃんとは奇妙な距離を置いていた。 私はその距離のことは感じていたけれど,なぜかの理由を考えるほど聡明ではなかった。

 あいちゃんは,私の話し方や所作をヘンと言わなかった。あいちゃんは「私は」と言わずに,自分のことを「あいちゃんは」と言った。
 2人でいるとき,たくさん話したのは,私のほうだった。

 「私ばっかしゃべってるのって詰まらなくない?」
 「あいちゃんは,レナの話しおもしろいよ」 いつも笑いながらこたえてくれた。
 私は引っ越してきて街をまだ知らないから,どの公園や広場で遊ぶと楽しいのか とか,子どもとしては重大な!真面目な!話しをしても,ニコニコして 「そう」 と言って笑う。

 毎日,毎日,下校のときも一緒だった。あいちゃんと一緒の帰り道は,それぞれが家の方向に向かわなければいけないところまでで,それは,ほんのほんとうに,少しの,道のりだった。

 ある暖かい日差しの日「もう一緒に帰らない」って言われた。

 「4月に学年が上がるとクラス替えがあるからだよね。クラスが別でも,教室まで迎えに行くから,毎日一緒に帰ろうよ」

 「あいちゃんは,別の学校に行く」

 「引っ越しなの?」

 「あいちゃんのお家は,引っ越しなんかしない」

 「それじゃ,転校は止めよう!」

 彼女はいつものように笑いながら 「先生が決めた。あいちゃんは,別の学校に行く」

 「先生に,ダメって,お願いしにいこう」

 「先生が決めた。あいちゃんのおかあさんが決めた」

 「お母さんは,どうしてそんなこと決めたの?」

 「あいちゃんは,勉強ができない」

 「勉強なんか,私が教えてあげるから。約束する。転校しちゃダメ。毎日一緒に学校から帰ったりね,あと,夏休みなら暗くなるまで一緒に遊んだりね。だから転校は止めよう,ね,ね,ね」
 そのときの私は,冷静さなんかスっ飛んでいた。自分ができもしない勉強なんか「教えてあげる」と口走っていた。

 帰宅して母に打ち明けた。
 「どうしよう...勉強得意じゃないのに,約束しちゃったんだけど...どうすれば,いいでしょか...」
 母は,何にも答えず,微かに笑って,でも,微かに眉を顰めた。

 3学期が始まって,あいちゃんは 忽然と,クラスに,学校に,来なくなった。
 私は,一緒に下校する友だちがいなくなった。手持無沙汰のような寂しさのようなを時間を紛らわそうと図書室に通うようになった。 あいちゃんと一緒に過ごした時間の楽しさに比べれば,本なんかその100万分の1にも満たない。 だから次々と本棚に手を伸ばすだけだった。

 今でも,あいちゃんの笑顔を思い出す。
 だいぶ後になって,あいちゃんは「通常学級での教育困難児」 と 「分類」されて転校させられたと,私は聞いた。

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冬空にサザンカ 

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