原発/報道の責任。

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なぜ,日々のマスメディアのトップ・ニュースが,原発事故のことではないのだろうか? 事故が続いているにもかかわらず。わたくしたちを直接・間接に襲い続けているとは,見えないし,聞こえないからなのか? けれど,悪夢から醒めたとおもったら,まだ次の悪夢のなかに眠っている金縛りの眠りのように,わたくしたちの毎日は続く。

資料としては少し時間が経ってしまっている,自治総研通巻402号2012年4月号が発表した『原発災害避難者の実態調査(第3次)』を見ると,暗澹としたおもいにとらわれる。正義感に溢れる方や,気の弱い方や,心優しい方には,とてもおすすめできない資料だ。
「図表3 避難生活に慣れたか(第3次)」という部分がある。
そもそも無理な質問だ。わずか1年して,つらいのには慣れましたか,と聞くわけだから。これだけ酷い目に遭っている人びとに,聞きとりに行った朝日新聞記者の苦労は言うまでもないのだが。
そして,避難せざるをえなくなった人びとを“数”として発表することには,多くの労力と善意があるのかもしれないが。

で,結果は“数”として円グラフにされる。

しかし,問題を“数”として捉えることが重要であるにしても,そこで充足してしまうことは,まっとうな科学者や数学者であれば,ほとんどしていないはずだ。
科学者や数学者は,統計的方法,分析的方法に自ずと限界があることは,理解しているが,そのニュートラルな思考は,現実生活の中で,とりあえず横に置いて対処する必要性であるとか,発言する必要性であるとか,いやむしろ,研究中のテーマに没頭して寝食をわすれているとか……たとえば,原発建設にあたっても,ぜったいに確立ゼロだ,ぜったいに安全だ,と言えるわけはないと,深い知識のかたまりの中で知っていただろうに,とおもう。
結果のグラフだけで充足はしていないはずだ。


わたくしは,第46回衆院選の民主主義を否定,無視した部分を,かんじずにはいられない。
その根拠は,いまだに避難されている人びとのうち何人が,投票所に行けなかったのか,投票行動に資する情報をしゃだんされたままだったのか,という疑問だ。

11月17日土曜日夕方の本会議で衆院は解散された。日経電子版では11月21日に,以下のような記事を読むことができた。

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日経電子版 2012/11/21  1:07

衆院選、福島の県外避難者に困惑広がる 「十分な情報を」
「12月16日投開票の衆院選を巡り、東京電力福島第1原発事故で県外に避難した被災者や各立候補予定者に困惑が広がっている。県外避難者に政策を訴える有効策が無く、有権者も候補者の情報が得にくい。東日本大震災後初の総選挙を迎える被災地では復興への願いは切実だ。双方とも「1票を無駄にしたくない」との思いは強く、十分な情報を求める声が上がっている。
「事故後、被災地と最も密接にかかわってきてくれた人に1票を託したいが、それを選べるだけの判断材料を得られるのか」。昨年5月以降、東京都内で避難生活を続ける福島県富岡町の小貫和洋さん(64)は、不安そうに話した。  (以下省略) 」
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そして,昨夜見たニュースでは,12月20日(木)矢板、高萩両市の農民を中心に住民約1,000人が日比谷野音に集まり,環境省と国会に向けてデモ行進したという。
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『 放射性廃棄物の最終処分場 不意打ち決定「白紙撤回を」 』田中龍作ジャーナル 2012年12月20日 19:14 
http://tanakaryusaku.jp/

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のぞむのは,できるだけ充分な情報が開示されること,できるだけただしい情報が開示されること。
マスメディアが信頼できない気がするときは,限られた時間と空間にしばられているのにもかかわらず,発表したまま慢心しているように見える時だ。
なぜなら,有象無象としての受け手であるわたくしが,普段の生活では,なにかに名付けてはあんしんし,カウントしてはかんがえるのをやめ, そんなものだからだ。わたくし自身の知識がまずしいものであり,教養もうたがわしいものであるからだ。だから,どうしても気になることがある時には,身の程知らずに,せんもんのひとに質問したくなるのですが,どうでしょう。

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