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zoom RSS マルクス生誕200年の今日,大韓民国とDPRKの標準時が統一される

<<   作成日時 : 2018/05/05 18:07   >>

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§ 京都大学は 「タテカン」 を撤去する
 5月5日 晴れ。今年は今日が立夏。
 季節は移りかわるが,大学の自由と自治にとって,日々は冬枯れのシャッター通り商店街に似る。
 京都大学は京都市の景観条例により「タテカン」撤去をするそうだ。 学生の自治や自由について無思考とも見える大学側は,大学とは何か,学問とは何か,地域にあっての大学とは何かを,もう一度問い直してもらいたいことだ。

 ずいぶん昔のこと,従姉がドイツ文学者の井上氏は遠戚になったのよと 私に誇らしげに言って,そのときプレゼントしてくれた文庫本がある。
 クリスタ・ヴォルフ 『引き裂かれた空』
 井上 正蔵 訳
 集英社文庫 昭和52年10月30日 第1刷

 今でも意識高い系とは無縁なんだけれど,たいていのことについて無知,不案内の子どもだった私は,東西ドイツの問題が個人の自由をどれほど壊すのかを描いた恋愛小説なんだなあくらいにしか理解できなかった。
 そして井上正蔵氏が,1933年に京都大学で起きた思想弾圧事件 「滝川事件(京大事件)」 の瀧川光辰のシンパサイザーだったことを,私はだいぶ後になってから知った。


画像


§§ マルクス生誕200年の今日,大韓民国とDPRKの標準時が統一される
 朝鮮半島を自由に観光できる日が近いなら,とても楽しみ。
 思いつくままにカレンダーを作ってみる。


4月30日
 1945年 ヒトラー 自殺

5月1日
 1886年 メーデー(国際デー)
 1945年 ゲッペルス 自殺
 1959年 フィデル・カストロの宣言 「キューバ革命は社会主義革命である」

5月2日
 1947年 枢密院廃止

5月3日
 1947年 日本国憲法施行
 1987年 朝日新聞阪神支局 襲撃事件
 1993年 世界報道自由デー(国連総会で制定)

5月4日
 1918年 田中角栄 誕生
 1949年 五四運動の記念日 (中華民国「文藝節」中国「青年節」)
 2007年 みどりの日(1989〜2006年は4月29日)

5月5日
 1818年 カール・マルクス誕生
 1951年 児童憲章 制定
 1990年 東西ドイツと英・米仏ソの6か国外相会議開催
(同年10月3日 東西ドイツ「再統一」)
 2012年 日本の原発稼働ゼロ
(午後11時ころ 泊原発が定期検査で停止)
 2018年 大韓民国とDPRKの標準時が統一

§§§ カール・マルクス 「 批判の本質的な情念は憤怒であり、その本質的な仕事は弾劾である。」

 5月4日麻生財務相がフィリピンでの記者会見で「セクハラ罪という罪はない」「殺人とか強制わいせつとは違う」などという内容の発言をしたそうだ。
 日本国を国際的に貶めるだけの副総理にして財務大臣の発言は,批判し追及し弾劾されてしかるべきだ。


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カール・マルクス
『 ヘーゲル法哲学批判序説 』


P.76 6〜8行目
批判は、もはや自己目的としてなされるのではなく、ただ手段としてなされるだけである。批判の本質的な情念は憤怒であり、その本質的な仕事は弾劾である。

p.78 1行目途中 〜 7行目
ドイツの現状旧体制のあけすけな完成であり、そして旧体制は近代国家の隠された欠陥であるからだ。 ドイツの政治的現在にたいする闘争は近代的諸国民の過去に対する闘争であって、この過去のなごりに近代的諸国民はいまだに悩まされているのである。 近代的諸国民のところで悲劇を体験した旧体制がドイツに亡霊として現れ喜劇を演じるのを見るのは、彼らにとって啓発的なことである。 旧体制が世界の既存の権力であり、これに対して自由が個人的な着想であったあいだ、一言でいえば旧体制が自分で自分の正当性を信じ、また信じずにはいられなかったあいだは、旧体制の歴史は悲劇的であった。

p.85 5 〜 10行目
 批判の武器はもちろん武器の批判にとって代わることはできず、物質的な力は物質的な力によって倒されねばならぬ。 しかし理論もまた、それが大衆をつかむやいなや、物質的な力となる。理論は、それが人間に即して 〔 ad hominem 〕 論証をおこなうやいなや、大衆をつかみうるものとなるのであり、理論がラディカル〔根本的〕になるやいなや、それは人間に即しての論証となる。 ラディカルであるとは、事柄を根本において把握することである。 だが、人間にとっての根本は、人間自身である。

p.96
 結論を要約しよう。
 ドイツのただ一つ実践的に可能な解放は、人間を人間の最高のあり方であると宣言するところの、この立場からする解放である。 ドイツでは、中世からの解放は、同時に中世の部分的克服からの解放としてのみ可能である。 ドイツでは、あらゆる種類の隷属状態を打破することなしには、いかなる種類の隷属状態も打破することはできない。 根本的なドイツは、根本から革命を起さなければ、革命を起すことができない。 ドイツ人の解放は、人間の解放である。 この解放の頭脳哲学であり、その心臓プロレタリアートである。哲学はプロレタリアートの揚棄なしには自己を実現しえず、プロレタリアートは哲学の実現なしには自己を揚棄しえない。
 あらゆる内的条件が充たされたとき、ドイツの復活の日はガリアの雄鶏の雄たけびによって告げ知らされるであろう。

カール・マルクス 著
『 ユダヤ人問題によせて
 ヘーゲル法哲学批判序説 』
城塚 登 訳

岩波文庫 2005年5月17日 第27刷 ( 第1刷は 1974年3月18日 )

〈お断り〉 原文の傍点部分太字で表記しました

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