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zoom RSS 憲法に敵意を持つ人びとの集会に「憲法改正」のメッセージを送った安倍総理(2/5)

<<   作成日時 : 2017/05/06 14:55   >>

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5月4日(木)放送 TBSラジオ session22
「憲法施行から70年。安倍総理が改憲スケジュールを明言する中、いま議論すべき論点とは?」
荻上チキ×石川 健治×道下徳成×田中宏×高安健将


道下 徳成 「 ネーミングを変えれば国民が軍隊を監視でき,外国人にも説明しやすい 」
荻上 チキ ; ここで,安全保障の観点からご意見を伺いたい。 お電話を繋げます。 政策研究大学院教授で安全保障が専門,国際政治学者の道下徳成(みちした なるしげ)さん。 道下さん,よろしくお願いします。
 まず憲法施行70年というタイミングをどうお考えになっていますか。


道下 徳成
 今晩は。
 70年というタイミングで限(きり)が良いところなので,憲法をどうするかという議論を盛り上げる。 どっちの方向に行くかは国民全体で決めることですから,ただそういう議論をきちんとする機会になっているのは非常にいいことだと思っております。

荻上 チキ ; 憲法記念日というのは,どういった立場であれ憲法を考えようということにもなるわけです。 道下さんは,昨日の安倍総理のヴィディオ・メッセージはどうご覧になりましたか。

道下 徳成
 議論を進めて,安倍さんは多分改憲をしたいという立場だと思いますので,それの方向をきちんと示したということで,政治のリーダーとしてはいい仕事をしていると思っております。もちろんそれで具体的に今まで議論されてたと思うんですけれども,どういう方向に行くか具体的な話はこれから煮詰めて深く議論していかなくてはいけないので,国民全体として真剣に考えていく必要があると思っています。

荻上 チキ ; 安倍総理は,自衛隊の存在を憲法に明記すべきだと述べたが,どういった形で,集団的自衛権をフルで認めるのかなど,議論の余地はあると思うが,自衛隊の存在を明記するなど,これは必要だとお感じですか。

道下 徳成
 そうですね。ぜひ,必要だと思っています。
 自衛権の存在を明記していないために,日本の防衛政策,そして自衛隊が非常に国民にとって分かりにくいものになっているんですね。
 日本が憲法に書いていないために,自衛隊は軍隊ではないということになっていまして,それのお蔭で,たとえば普通の軍隊ですとたとえば歩兵部隊のことを自衛隊では普通科部隊と呼び換えていたり,大砲を持っている砲兵部隊を特科部隊と呼び換えていたり,それから道を均(なら)したり物を造ったりする工兵部隊を施設部隊と言い換えている。
 国民が聞いたときに,何のことを言っているのか非常に分からない,分かりにくい。 それで,装備の面でも,たとえば駆逐艦という装備のことを護衛艦と言い換えている。 実は多くの国々では空母と呼ばれているものでも,護衛艦と呼び換えたり,国民が自衛隊というものがいったいどのような任務を持って,どのような能力を持ってというのが,非常に分かりにくくなってしまっている。
 ですからそういうのをちゃんと国民にも議論できやすいようにするために,ちゃんと軍隊ですと認めて,分かりやすい名称。 とくに私,名称問題は重要だと思っているんですけれども,名称をちゃんと普通の人が聞いても分かる名称に変えてやるというのは,非常に,シヴィリアン・コントロールという言い方をして,政治がちゃんと軍隊を統制すると。 国民がちゃんと軍隊を監視するということが大切。民主主義国では大切だとされているんですけれども,それをしやすい状況を作るというのが必要だと思ってます。

荻上 チキ ; 9条2項は 「戦力不保持」 ですが,道下さんは,自衛隊は戦力だと認めるべきだということになるのですか。

道下 徳成
 自衛隊は戦力でしょうから,ちゃんと戦力だと認めるような形にしたほうがいいと思っています。

荻上 チキ ; 戦力は保持しないが自衛隊はあるというような書き方だと,道下さんから見れば,まだネーミング問題とか,宙ぶらりんの問題は残ってしまうのではないかと。

道下 徳成
 そのリスクは残るかもしれませんね。

荻上 チキ ; 今,個別的自衛権だけとしている問題,この点については。

道下 徳成
 要は,民主主義国ですから,国民が議論して,軍事力,防衛力をどういうふうに使うか,あるいは使わないかというのを,政治的に議論して決めるということができやすくすることが重要ですから,最初からここまではだめ,ここまではできるということを,法律で決めてしまうんではなくて,やはりそれは民主主義という議論をしてどこまでやるかを決めるという,政治が判断できる,国民が判断できるように変えたほうがいいと思ってます。
 それはシヴィリアン・コントロールという面もありますし,やはり今国際情勢が,安全保障情勢が非常に,北朝鮮が核を使える核兵器を持つとか,中国ももうちょっといい政策を採るように変わってほしいですけれども,今のところはなかなかちょっと厳しい方向に向かっているということもあって,日本の安全保障政策がもう少し柔軟にできるようにするほうがいいと思っています。

荻上 チキ ; 憲法であらかじめ決めるのではなくて,国民的論議を通じてその都度の法律論議で対応すべきだということになるわけですか。

道下 徳成
 法律論議と言うよりも,政策論議ですね。 法律が,まずここまでと決めちゃうと言うよりは,どこまでやるか,どこまでは必要か,ここはやらないでいくほうがいいというようなことは,政策論議として国民がちゃんと考えて議論して決めると。そのためにも国民に分かりやすような自衛隊にするということが重要だと思っています。

荻上 チキ ; ネーミングが市民に分かりにくいがために,シヴィリアン・コントロールのイメージを掴みにくいと仰いましたが,ほかに具体的に自衛隊が(憲法に)明記されていないことの問題点は。

道下 徳成
 もう1つはやはり国際的な問題があります。 私が安全保障問題を教えている政策研究大学院大学には400数十名の学生がいて,半分以上が留学生です。 留学生たちに自衛隊は実は軍隊じゃないということになっていると話すと,非常に不信感を持たれるんですね。 なんでこんなにかなり立派な,自衛隊は世界のなかでも10本の指に入るぐらいの能力を持っていますから,これを軍隊じゃないと言い張ってる日本は何なのだという,かなり不信感を持たれる傾向があります。
 それは昔は日本があんまり国際貢献も,PKOとか国際舞台に出ていくということがなかったので,日本だけでちょっと変な議論をしてても,まあ誰も気にしなかったんですけれども,最近は国際的に日本も出ていって,安全保障に貢献しようという立場になっているのに,そういうことを言っていると,かなり外国人は不信,「日本ってヘンな国」,嘘を吐いているように見られることも結構ありまして。 日本が国際社会で信頼されるという意味でも,もうちょっと透明性と言うか,日本がちゃんと軍隊を持っているということをちゃんと認めて,だけど持っているけどそれを非常に国際平和にも役立つ形で使おうとしているんだと,きちんと示す必要があると思っています。

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石川 健治 「 憲法滅んで国滅ぶだったのが1930年代の日本だった 」
荻上 チキ ; 石川さん,今の道下さんのお話,いかがですか。

石川 健治
 政策論としては守備一貫した議論だと思いますね。
 ただし,政策論しかなかったというのは,残念と言えば,残念なんじゃないでしょうか。
 法律論議よりも政策論議という仰り方をしましたけれども,政策論議にはやはり限界がなくてはいけない,ということがあって,その枠を今,議論しているわけですので。
 その枠が分かりにくいんだとすれば,やはりそれは,分かりにくくしているこれまでの軍事力の運用に問題があることなのではないかなというふうに思いますね。

荻上 チキ ; 今のネーミングの問題や(外国人に対する)説明の問題は,憲法そのものの問題ではないということになりますか。

石川 健治
 と申しますよりも,たしかに話が分かりにくくなっているのは事実なんですよ。 
 しかし,分かりにくい仕方でしか,これまでコントロールができてこなかったという事情が,日本にはあると。 そういった込み入った事情があるということを考える必要があると思うんですね。

 先ほどシヴィリアン・コントロールの問題を仰いましたけれども,これは確かに普通はこれシヴィリアン・コントロールでいくんです。
 そして,日本も戦前は一応それでやろうとしていたんですよね。
 憲法にも根拠条文があって,その解釈でシヴィリアン・コントロールをやろうとしたということはあったんですけれども,これを破ったのは一体誰かと言うと,議会政治家なんです。
 党利党略で与党の足を引っ張るために,たとえば統帥権干犯問題が有名ですけれども,シヴィリアン・コントロールを政治家が外したわけです。
 そこに軍部が,いわばつけ込んできたという格好になったわけで,いちばん問題だったのは議会政治家なんですよね。

 議会政治家が自らシヴィリアン・コントロールを外して,よく 「憲法守って,国が滅ぶ」 なんてことを仰る方がおられますけれども,憲法滅んで国滅ぶだったのが1930年代の日本だったわけですよ。
 そのことを踏まえて,やり直そうということで,結果として今,完全にコントロールされていると思いますが,そのコントロールされている理由が何であるかということを,やはり真面目に考えてこなかった。

 9条論議がしばしば観念的な平和主義論に終始し,また,改憲論議が憲法に対する怨念に終始していたために,結局なぜこんなに上手くいっているんだろうかということの十分な解明がなされてこなかったのが原因で,その結果 分かりにくくなっていることなんじゃないかと,私は理解しますね。

統帥権干犯問題 〔1930(昭和5)年 浜口雄幸内閣のロンドン海軍軍縮条約調印をめぐる政治問題。海軍軍令部の承認なしに兵力量を決定することは天皇の統帥権を犯すものだとして,右翼や政友会は同内閣を攻撃した。〕

荻上 チキ ; 今の石川さんのご意見に対していかがですか。

道下 徳成
 石川先生仰るとおり,私も,戦前は,やはり前の憲法も書き方が悪かって,わざとそれを誤解して運用するようなことを許す条文があったんですね。 ですからそれを軍部と,軍部だけが責任ではないんですけれども,やはり日本の指導者の多くがそれを変なふうに解釈をして濫用してしまったということで。 戦前の憲法も実はちょっと変な,問題のある条文とかをそのまましたお蔭で,変な使いがなされてしまったということがありまして,今もやはりちょっと現実離れしたような,現実にそぐわないものをそのままにしておくと,ちょっと将来また変なふうに使われるリスクというのがあって,シヴィリアン・コントロールが効いてない状況が,私は,ちょっと今の憲法ではヴィリアン・コントロールが効きにくい状態が,先ほど申しあげた理由でなってると思いますし,国際的にはかなり不信感を買う○○になっていると思いますので,それをぜひ戦前の教訓も活かすという意味で より分かりやすい現実に則したシヴィリアン・コントロールと言うか,国民がちゃんと軍隊を監視できる体制を強化する方向で変更したほうがいいと思っております。

荻上 チキ ; 今の憲法も変な使われ方をする可能性を含んでいると。

道下 徳成
 そうですね。やはり国民が正確に,自衛隊というのがどういう能力を持っているかが理解できないということは,一部の専門家が勝手に,国民を差し置いてどんどん決めていく余地を残しているわけですね。 それはやはり非常に危険で,国民が分かりやすい。 すべての人間がプロフェッショナルになるというのは難しい,専門的な議論はできないと思いますけれども,たとえば特科と特科部隊をどう運用しますかという話をするときに,これがパッと大砲を持っている部隊,要は砲兵部隊だと分からないとですね,最初の議論,基本的な議論さえもできないという状態になってしまいますので,なるべくとにかく国民に分かりやすい形をまずは作るというのが,私は非常に大切だと思っています。

荻上 チキ ; 逆に言えば,砲兵,工兵という言葉が使えれば,自衛隊に対する監視の議論は強まるというふうに考えていますか。

道下 徳成
 私はそう考えています。
 実際,日本のいろんな議論,報道なんかを見ても,「普通科部隊,カッコ,これは歩兵のことですが」 と,わざわざ言い換えてるんですね。 もしわざわざ言い換えるんだったら,最初から分かりやすくしてしまえばいいわけですし。最近海上自衛隊が造っているかなり大きい装備は,ヘリコプター空母と。 国際社会では空母という言い方を結構されてる場合が多いんですけれども,それは外国人はちゃんと helicopter carrier ヘリコプター空母と報道で出たりしているので,外国人はヘリコプターを載せてる空母を日本が持ったんだと分かっても,日本では護衛艦ってしか言ってない。 外国人のほうが自衛隊の実態をよく知ってて,日本人がよく分からないという非常に悲しい状態になっていまして,やはりぜひ直していただきたいと思っています。

荻上 チキ ; 具体的に今の憲法の下で,自衛隊がどういう変な使われ方をする余地があると,道下さんはお感じになっていますか。

道下 徳成
 どういう能力を持ってどういう任務をするという議論をしにくい状態になってますから,国民がこういうふうに使うのかってのが分からないままいろいろな使われ方をする。
 具体的にはまだそこまで変な使われ方をするというのは,今のところはなってないと思いますんで,今のところはそんなに心配していないんですけれども。 やはり国民が監視と言いますか,ちゃんと何をやろうとしているかをより分かりやすい,なるべく分かりやすい状態を作らないと,専門家しか分からないので,結局専門家が密室の議論で決めてしまえる余地というのが増えてしまうんじゃないかというふうに懸念しています。

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石川 健治 「 憲法9条2項の前段は,徹底した軍縮の思想。 言葉によって実力をコントロールするという文明的な営み 」
荻上 チキ ; 石川さん,いかがですか。

石川 健治
 まず,「国民,国民」 ということについて言えば,確かに道下さんの議論は明晰でけれども,ただ,その国民が好戦的であったらどうするんだろうかということは考える必要があると思うんですね。
 三浦瑠璃さんという国際政治学者のドクター論文は 「シヴィリアンの戦争」 というタイトルなんですけれども,実は,軍事専門家・職業軍人よりも はるかにシヴィリアンが好戦的であったら,ということを論証してるんですよね。
 ですから,分かりやすいということは結局のところそういう意味でもシヴィリアン・コントロールを緩めているということになりはしないかということが,まず第1点です。

荻上 チキ ; コントロールの効かないシヴィリアンたちの意思決定が,民主主義にとって逆にブレーキあるいは破壊になるということがあり得る。

石川 健治
 2つ目は,そうやって問題を専門家で独占してるんじゃないかと,そういう側面はまったくないとは言いませんけれども,それはちょっと誤解を含んでいると思うんですよね。

 結局,コントロールしようという対象は,これは抵抗のしようのない実力のわけですよ。 丸腰でなんか,もうまるで抵抗できない。それを言葉でコントロールしようとしている法律論なわけですね。

 ですから,妙な言い方かもしれませんけれども,それぞれの実力から正統性を剥奪した結果,変な表現になっているわけですので,これはこれで,言葉によって実力をコントロールするという 1つの文明的な営みになっているということは考えていただく必要がある。

 そして3つ目ですけれども,正統性を付与することによって何がいちばん心配かと言うと,軍拡なんですよね。
 憲法9条2項の前段は,詰まるところ,軍縮の思想なんですよ。徹底した軍縮の思想であると。
 この軍拡を,戦前止められなかったわけですね。
 そしてまた,戦後は止まっているのは,なぜかと言うと,大蔵省,財務省の杓子定規な予算編成を支える論拠が,憲法にあるからなわけですよ。

 だから,やはり軍拡をどうやって止められるのか。
 これは実は,憲法史上,最大の憲法問題でして,たとえばビスマルクが指揮していたころのプロイセン,ビスマルクの軍拡路線と正面衝突したプロイセン憲法闘争というのがあるんですけれども,まさにその憲法論は,こういうところでできてますので。
 ですからやはりいちばん心配なのは軍拡なんですね。
 それを止める担保が果たして今回の提案にあるのかと言うと,むしろ軍拡を促進するのではないかと考えるのが常識だと思いました。

< 続く >

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