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zoom RSS 小沢一郎 「改憲は,政治家はもちろん,国民自身が冷静にきちんと議論し,その合意の上に行うべきです」

<<   作成日時 : 2017/05/02 00:26   >>

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2015年4月20日
鼎談「 樋口陽一 小林 節 小沢一郎 憲法を語る 」 より

小沢 一郎
✑ 憲法は,国民皆で自分たちのより良い生活のために決めた最高の規範です

✑ 公権力の濫用から国民の本来の基本的な人権を守っていくのが,憲法の本来の役目であり性格です

✑ 時代の変遷にしたがって,国民の生活を,より良い幸せを守っていくための改憲は否定しません

✑ 個別的自衛権の拡大解釈に非常に危険性を感じております。 戦前の大日本帝国の日本軍の半島や大陸への進出は,邦人の生命・財産・日本の権益を守るためにという理由ですべて出兵されました。 個別的自衛権の発動として行われたのです

✑ 自民党の「 憲法草案 」 は,憲法というものの理解,認識が本質的に非常に旧(ふる)い,間違った考え方で打ち出されているのではないか

✑ 改憲は,政治家はもちろんですが,国民自身が本当に冷静にきちんと議論し,その合意の上に行うべきです


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 一昨年になるが,この講演では,とくに96条改正について小沢一郎は時期尚早としている。その部分は,こうだ。

 絶対変えてはならないという従来の護憲,改憲の議論というのは,私は不毛な議論だと思っておりますから,時代の変遷にともなって国民のために必要な改正は,それはしても良いと考えます。
 一方的な護憲か改憲か的な議論だけですと,やはり 2分の1に してしまえば,そのときの政治勢力で,すぐまた変えたり 何だりということに なっちゃいますんで,こんにちの状況ではまだ時期尚早と私は思っております。


 5月1日に 「 壊憲 」 に前のめりな新憲法制定議員同盟の会合で,安倍総理が 「 改憲の機が熟した 」 「 改憲か護憲かという不毛な議論から卒業 」 と発言したという。
 「 改憲か護憲かという不毛な議論 」 ってさあ,なんとまあ,小沢一郎の発言から狡いパクり方をしたもんだね。

 安倍総理は,単に議論せずに 改憲=「 壊憲 」 しようと言ってるだけだよ。 そもそも改憲を党是としてきた勢力じゃないか。

  あいかわらず,憲法とは何か,どういう国家を目指すための憲法なのかを明示していない。 まったく語られていない。
 ふ〜ん,お得意の「忖度しろ」ってことかね。
 「 改正したいから,改正する。 国会で多数派だから絶好のチャンスだ。 具体的に提案する 」
 つまりは,そういうことなんだ。

 明日3日は,施行から70年。 古稀を迎える憲法。
 さあ 安倍総理にウンザリしているひまなんかない。 上記にまとめた,一昨年4月20日に開催された「 緊急鼎談 樋口陽一 小林 節 小沢一郎 憲法を語る 」から,小沢一郎講演を以下に全部再掲します。


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https://www.youtube.com/watch?v=d6PzKinupYo&app=desktop
27:13〜44:18/02:00:46 文字起こし

小沢 一郎
 今,樋口先生と小林先生から非常に明確にまた論理的にお話しありましたので,それに尽きるわけですけれども,私も時間を与えられて喋れということでございますので,政治の場におる者として,両先生とは若干違いまして俗で雑な話しをさせていただきたいと思います。
 まずは個別の話しとは別ですが,今もうすでに両先生からお話しありましたが 「 国と憲法」また「 国家と国民 」その中での憲法のあり方がどういうものかということですが,私は国民が皆で自分たちのより良い生活のために決めたものが,最高の規範が,憲法であるというふうに考えております。

 そういう視点から見ますと 今回の自民党の 「 憲法草案 」 というのは,旧体制と言えると思います。 そういう考え方に立った人たちの作り上げた自民党の 「 草案 」 だと思いますが,いわゆる国家あっての国民なんだという視点ですね。 そういう考え方に立っておりまして,先ほどもお話しありましたが,自民党の 「 憲法草案 」 には,随所にそういう条文が,文章が,入れられております。

 私は,憲法というのは皆で作り上げた,皆のための最高の規範なんだから (公権力の濫用から国民の本来の基本的な人権を守っていくというのが,憲法の本来の役目であり性格と考えている)。
 国,社会を構成する以上,統治の機構と国家権力というのが当然できてくるわけですけれども,その公権力を,ややもすれば濫用される。 歴史的にも幾つもありましたが,公権力の濫用から国民の本来の基本的な人権を守っていくというのが,憲法の本来の役目であり性格なのじゃないかというふうに考えております。
 したがって今の自民党が出している 「 憲法草案 」 というのは,根本的な考え方,憲法そのものの理解が間違えているんじゃないかなというふうに私は思っております。

 ただ,国民皆で作った憲法ですから,時代の変遷にしたがって国民の生活を,より良い幸せを守っていくために,このように ここは こう変えたほうが良いんじゃないかという議論があってもおかしくないと思いまして,そういう意味において,もし不都合なところがあれば変えていくということについては,私は否定するものではありません。

 それから次は「 憲法の正統性 」 ということですけれども,これも先ほどお話しありましたけれども,いわゆる政治的な要素が多分にある考え方だと思いますけれども,第三国の占領下における憲法・法律等は効力を持たないとかという趣旨の,占領が終了時点で終わるとかという趣旨の定めをしたものがあります。 フランスの第5共和制憲法<1958年10月制定>の基本法などに入っておりました。

 ですから,自由な意思表示ができない下での意思表示は無効であるという民法の定めもありますけれども,その意味においては,その理屈がまったく成り立たないということではないと思っております。
 それで自民党は自主憲法ということをずっと言い続けて,そして旧来の自民党の主張よりも,より鮮明に,非常に旧体制的な考え,思想の下に今の 「 草案 」 が出されてますけれども,いずれにしてもそういう経過が,政治的にはあったわけであります。

 ただ私としては,すでに国民が受け入れ,先ほど小林先生のお話しがありましたが70年の経過を経た国民の理解の下での日本国憲法でございますので,そのことを理由として日本国憲法はいけないという論理は,ちょっと私は,今の状況にそぐわないと思っております。

 これは,安倍さんとクエスチョン・タイムのときにも言いましたけれども,占領下で押しつけられた,占領軍で日本は自由な意思表示ができないときに押しつけられた憲法だからダメだと言うんならば,まったくの新しい憲法を作り直す以外ないじゃないかと,そう言いましたら 「 いや,良いところは残すんだ 」 という話しでした。<笑>
 良いところあるんならば,それはそれで日本国憲法をきちんと受け止めながら,さっき言ったようにどうしても不都合がある,こうしたほうが良い,ということがあれば変えるということで良いんじゃないかな,と。 そういう経過もありました。

 したがって,政治的にですけれども,この日本国憲法も,明治憲法の改正の規定に従って国会の決議で,決定でもって,為されたものです。
 こういう自民党的な言いがかり的なと言いますか,そういう考え方を阻止するためには,政治的には僕は,独立したときにもう一度国会できちんと議決すれば,その意味での文句はなかったのかなという気はしておりますけれども,いずれにしても今の憲法については,基本的に原則的にきちんと受け止め,認めていく立場で,私はよろしいと思っております。

 それから一番の問題は,通常議論されておりますように憲法9条の全くの改変であります。
 集団的自衛権のことはもう皆さんお分かりと。色々と議論されておりますから良いんですけれども,問題は,国連を中心とした集団安全保障と集団的自衛権とは,これ同じ「 集団 」(という言葉)がつくので,ややこしいんで,間違えるんです。

 ですから僕は,自民党でこの問題を扱ったときも,集団安全保障じゃなくて 国際的な安全保障,国際安全保障 という言葉を使って行いましたけれども,それは色んな表現を駆使しながらゴッチャ混ぜでもって,上手く何とか誤魔化していこうという感じのものでありまして,憲法条文にもそれが表れてますが,普通,議論されないで(いるが,より重要な)一般の問題は,集団的自衛権よりも個別的自衛権の拡大解釈だと,私は思っております。

 これについても自民党の案では 「 自衛隊は国民の生命が危険になったときは 」 というような条文が,9条の第2に入ってきております。
 これは,戦前の大日本帝国の日本軍の半島や大陸への進出は,邦人の生命・財産・日本の権益を守るためにという理由で,すべて出兵されました。 それは別にどっかの国と組んでやったわけでありませんで,理屈で言えば個別的自衛権の発動として行われたということです。

 今回も,邦人の救出などというものも入ってます。
 今,世界中,日本人がおりますし,日本が色んな世界中の国々で資産(を保有し) 商売をやっております。 そこで日本人の命が危ないとなりゃあ,勝手に自衛隊を出せるのか,ということにもなりかねません。 「 その国の了解を得て,やる 」 なんちゅうなこと言ってますけれども,了解をきちっと出せるような政府ならば,そんな紛争は起きないはずでありまして,紛争地域っつうのは政府も何もゴチャゴチャゴチャゴチャした地域で,人間の生命も危うくなるということですから。
 そこに自衛隊を出すということは,まさに邦人の生命・財産・日本の権益を守るために出兵,ということと何ら変わりないわけでして,私はこの個別的自衛権の拡大解釈に非常に危険性を感じております。
 集団的自衛権というのは,誰か良い悪いは別にして友だちいるわけですよね。誰か相手もいるわけです。
 だけど個別的自衛権というのは,まったく日本 1人でもって判断して軍事行動を行うということになりますので,私はその意味で,この議論が非常に陰に隠れちゃって(議論)されていないことを,大変危惧いたしております。

 もう時間ありませんので,もう 1つ。
 議会制度の改革について,まったく触れられておりません。 そして議論も,あまり ありません。
 今の政治,国会についての批判は,まあ政治家が だらしないちゅうこともありますけれども,政治家は国民が選んだ人間ですから,だらしないっちゃあ 皆 だらしないんですけれども,一番の制度的な問題としては,衆参がまったく同じことやってるということですね。 同じこと繰り返してるんですね。
 だから,何やってるんだ,そんな時間と経費の無駄遣いだと。 人数もこんないっぱい要らないんじゃないかって議論が,制度的にはそこから起きてくると思います。 
 ですからこれは,憲法改正。

 日本国憲法制定のときにも,議事録を見ると,ものすごい議論を呼んでます。
 衆議院と参議院,同じ性格のものを作ってもダメじゃないかと。 基本的にまったく違う二院にして,とくに参議院は衆議院をチェックする。 本当にチェックする機関にすべきではないかという話しが,議事録見ると,ものすごく長時間に亘って議論されてます。
 ここが,まったく抜けているのも,ちょっと私個人としてはさびしく思っております。

 96条。 最後に。3分の2の改正の条件ですけれども,これは自民党では2分の1に,衆参両院の2分の1で発議して国民投票と。
 先ほど小林先生からもお話しありました。 国民投票で否定すれば,それで済むというお話しありましたが,私はこれも,硬性憲法として 憲法の改正を非常に難しくするということは,それなりに大きな機能だと思っております。

 ただ最初に申し上げましたように,絶対変えてはならないという従来の護憲,改憲の議論というのは,私は不毛な議論だと思っておりますから,時代の変遷にともなって国民のために必要な改正は,それはしても良いだろうと。

 ただし,政治家はもちろんですが,国民自身が本当に冷静にきちんと議論し,その合意の上に行うというような,いわゆる民主主義がきちんと成熟した社会での議論ならば効果的だと思いますけれども,今,一方的な護憲か改憲か的な議論だけですと,やはり2分の1にしてしまえば,そのときの政治勢力で,すぐまた変えたり 何だりということに なっちゃいますんで,こんにちの状況ではまだ時期尚早と私は思っております。

 結論は,今の自民党の 「 憲法草案 」 は,非常に,憲法というものの理解,認識,その本質的に私は,旧(ふる)いと言いますか,間違った考え方で打ち出されているのではないかなと,そう感じております。<会場・拍手> 

堀 茂樹
 有り難うございました。 <会場・大きな拍手続く> 
 重要な論点がすでに幾つも出ました。
 最初に樋口先生が仰いましたが,議論の柱として
 1.「憲法とは何か」これは主に立憲主義のことなど
 2.「現行憲法をどう評価するか」
 3.「憲法を改正すべきか。改正すべきだとすれば,どういうところが改正に値するのか」


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◇ 報 道
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017050100831&g=pol
安倍首相「改憲の機は熟した」=新憲法制定議員同盟

(2017/05/01-20:25)

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