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zoom RSS 公訴犯罪事実があるのか? 美濃加茂市長に対するまさかの有罪判決

<<   作成日時 : 2016/11/29 01:05   >>

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§「壊憲」=安倍総理のどす黒い心底にある〈野望〉
 プーチン大統領と会談後,突然衆院解散があるかもしれないと,政治記者が言っていたのを,ラジオで聞いた。
 自民総裁任期延長で連続3期9年が見えてきたから腰を据えて,安倍総理は,どす黒い心底にある「壊憲」の〈野望〉を沸々とたぎらせているんじゃないのか。
 その時間幅を考えると,年明け総選挙は十分考えられるかもね。
 ところで,再開された憲法審査会も,報道を見る限り,形式的に過ぎるんだが。
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§§ 美濃加茂市長に対するまさかの有罪判決


法格言 In dubio pro reo. = presumption of innocence
疑わしいときは被告人の利益に = 無罪の推定

 美濃加茂市長に対する,まさかの2審有罪判決があった。
 判決文を見ていないので裁判官がいったいどういった判決文を書いているのか分からないが,ニュースで報道されているのは「証人の証言が信用に足る」ということによる判決だそうだ。

 この事件の「証人の証言」にまつわる〈密室性〉には,美濃加茂市民ならずとも私でさえ気味の悪さを感じている。
 警察,検察の取調べだけでなく,司法取引きにある〈密室性〉や〈いかがわしさ〉について,大マスコミは検証したらどうなのかね。トランプ氏や韓国大統領の噂話に多くの時間を割くヒマがあるんでしょうが。

 さて,刑事訴訟での判決をするためには,証拠の要件は厳格であるはずで,証人の証言が証拠能力に疑いのないものであることもまた要請される。

 そして,美濃加茂市長の事件には,そもそも公訴犯罪事実(刑訴256条)が,なかったのではないか。


 陪審制度のない日本では,公訴犯罪事実の認定は、裁判官の自由な心証による 団藤 重光 『 法学の基礎 』

 この「裁判官の自由な心証」について,裁判官の個人的に自由な立場から判断するという誤解をしてはならない。
 裁判官は,政治権力やその他の権力に影響を受けない自由の立場から判断することを課せられているということだ。
 日本の刑事司法における有罪率99.9%を見ると,果たして現実には検察という行政権力から司法が徹底して分立しているのか。


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団藤 重光 『 法学の基礎 』
第T編 第3章 法の動態 第二節 法の領域的構造
画像

三 事実の認定と法令の適用――判決三段論法ということについて
p.213 後ろから5行目 〜p.214 15行目
 法廷に持ち出され判決の基礎となりうる証拠には、一定の制限がある。 とくに人権保障の要請の強い刑事訴訟については、その要件は厳重であって、たとえば任意性のない自白(任意性のない疑いのある自白も含めて)は絶対的に証拠能力を否定されるし(憲法三八条、刑訴三一九条)、伝聞証拠も原則的に証拠能力を否定される(憲法三七条二項、刑訴三二〇以下)。 適法に法廷に持ち出されて証拠調の行なわれた証拠については、裁判官がそこから心証をとるかどうか、また、どのような心証をとるかは、裁判官の自由にまかされる。 これを自由心証主義という。 民事訴訟については、「裁判所は判決を為すに当り其の為したる口頭弁論の全趣旨証拠調の結果を斟酌し自由なる心証に依り事実上の主張を真実と認むべきか否かを判断す」と規定され(民訟一八五条)、刑事訴訟については「証拠の証明力は、裁判官の自由な心証に委ねる」と規定されている(刑訴三一八条)。 両者はほぼ同趣旨だが、民事訴訟について「口頭弁論の全趣旨」が考慮されうるのに対して、刑事訴訟についてそれがみとめられていないのは、やはり、刑事訴訟における事実認定がとくに厳格でなければばらないからである。 事実を認定するために必要とされる裁判官の心証の程度についても、民事と刑事で違いがある。 民事ではどちらの証拠が重いかというふうに証明力の強弱を比較して「証拠の優越 ( preponderance of evidence )」 によってきめるが、刑事で有罪の判決をするためには公訴事実の存否について 「合理的な疑いをこえる( beyond a reasonable doubt )」 ところの確信を得たことを擁する。 ところで、民事・刑事それぞれについ、裁判官が右の程度の心証を得たときはその事実を認定することになるが、黒白どちらとも断定できない灰色程度の心証しか得られなかったときは、どうなるか。 刑事では、「疑わしいときは被告人の利益に( In dubio pro reo. )」 というのが大原則であり、これを「無罪の推定( presumption of innocence )」 ともいう。 無罪の推定は世界人権宣言( Universal Declaration of Human Rights ; Déclaration Universelle des Droits de l’Homme )」にもうたわれている(その一一条一項)。 検察側で黒であることを立証しないかぎり、白のばあいはむろんのこと、灰色のばあいも被告人は無罪になるのだから、専門用語では、検察側に挙証責任があるという。

◇ 関連
http://4472752.at.webry.info/201503/article_9.html
2015/03/09 13:53
藤井市長・無罪判決を導いた理由 その重たい意味
http://4472752.at.webry.info/201503/article_17.html
2015/03/20 01:05
「美濃加茂事件」検察は控訴取り下げして日本の希望の星になってみれば?

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