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zoom RSS 実は「個人の尊厳」の全否定としてある乙竹氏の妻の「謝罪文」

<<   作成日時 : 2016/03/25 20:21   >>

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§ 乙竹洋匡氏が自民公認・推薦で参院出馬するための妻の「謝罪文」
 だいたいが浮気にしろ不倫にしろ,その家庭内の問題であり,乙竹洋匡氏の持つ道徳観や倫理観などが,政治と結びつくものではない。
 ただし「自民・改憲草案」からすれば,自民公認・推薦で参院出馬するんだとすれば,まったくお笑い草のはずだった。

 ところが,そこで出てきたのが,この妻・仁美氏の「謝罪文」だ。

 開き直ったとも見える夫婦そろっての謝罪文に対する巷間の感想は,度重なる浮気,不倫をされている妻にとってそんなに喜べることではないけれど3人の子育てコストを考えての打算で,しかたないんだろうっていうのが大方だ。
 けれど私なら,そうあっさり見過ごしてしまうわけにはいかない。

 それは,あたかも「伝統的な家族観」の押しつけとして,「自民・改憲草案」にとって好都合の「謝罪文」であるからだ。
 個人と個人の関係としての家族という〈価値観〉の全否定として,これ以上のものはないだろう。
 個人の選択としての結婚と家族の問題としてではなく,あたかも「家族を守る」ためにという一見もっともらしい言い訳にまぎれて,個人は何かよく分からない権力に滅私奉公するという〈価値観〉の再確認をあらわにしているからだ。


◇ 参考
http://ototake.com/
『週刊新潮』の報道について

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§§ 理想社会でなければ,純粋な恋愛・結婚は難しい
 日本の世間での禁句は「浮気性なのは良く知ってて結婚してるんだから,無関係な皆さん世間にあれこれ言われることじゃない」
 こう言ったら,やれ道徳観だとかやれ倫理観だとか,色々文句を言われることだろう。
 性別に係わらず個人個人が経済的にも独立できる理想社会でなければ,いわば純粋な恋愛や結婚を自らが望む形で個人個人が決定することは難しい。

 現在,性差による極めて不平等な問題は,無職である場合に離婚した途端ホームレスになる「専業主婦」や貧困を余儀なくされる「母子家庭」として立ち現れる。
 しかし,たとえ理想社会であろうと,そこでも解決できないのは,家族にとっての子どもとは何なのだという問題に尽きる。

 下世話には“オイシイ暮らし”を維持するためには世間体を取り繕うことが大事なんだよという乙竹夫妻に見られる打算と,複雑な性愛の現実とを突きつけられる子どもたちは,それをどう始末できるというのか。
 TBSドラマになったカズオ・イシグロ 『わたしを離さないで』 のように,生命とは何か,人間とは何かという永遠の問いの前に,人は,そしてとりわけ子どもたちは,悩み続けるしかない。


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