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zoom RSS 坂本龍一氏「8.30国会前スピーチ」批判は言いがかりではないか

<<   作成日時 : 2015/09/06 02:41   >>

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§ ほぼ確定 ・ 小沢一郎代表 6日 参加
 9月6日(日)15:00〜17:30
 新宿伊勢丹前・歩行者天国 
 (雨で歩行者天国が中止の場合は、新宿駅東口)</spa
安保関連法案に反対する学生と学者による街宣行動

http://anti-security-related-bill.jp/act.html

< 追記 22:50 >  本日,生活の党と山本太郎となかまたち・小沢一郎代表の参加はありませんでした。お詫びして訂正いたします。レイナ

§§ 小野昌弘氏の浅い読みでの坂本龍一氏批判はいただけない

 8月30日国会包囲デモでの坂本龍一氏のわずか2〜3分のスピーチが東京新聞に発表され,小野昌弘氏が早速批判しているが,すぐ反応するツイッターのせいか,浅い読み方ではないかと思う。


https://twitter.com/masahirono
Masahiro Ono 小野 昌弘 @masahirono 8月31日
東京新聞 坂本龍一氏演説:http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015083102000125.html … 法案ひとつで絶望し、デモをみれば革命を連想するという極端さが、これまでの停滞の原因で、一部に過激派が混じるだけで全体が信頼を失う脆弱さの理由では。デモの訴えかける先は結局のところ国民だというのに。

20:32 - 2015年8月30日

「 法案ひとつで絶望し 」
 「法案ひとつ」それは「安保法案」のことを言っているのだろうか。訝しい。
 坂本氏は私の記憶では,憲法学者たち以外では2012年にすでに「自民党改憲草案」に対する危機を表明されていた数少ない人のうちの1人だった。
 その「草案」について発信するも大きな世論がなかなか表面化していなかったことや,政府や東電の原発事故対応について,ほとんど正確な情報さえ私たちには届かず,もどかしい限りだという気持ちを多くの人びとが共有していたにもかかわらず,とくにマスコミは,あいかわらずの「記者クラブ」発表にとどまっていたことなど,絶望していたのは,そうした大まかな状況についてだろう。
 2012年夏「再稼働反対」官邸前デモに20万人の人びとが参加したことも,マスコミとりわけテレビではほとんどまったく報道されなかっただけでなく,政策にも反映されなかった。そして,国政選挙では次々と投票率の“戦後最低”だけが更新され,政権は自公に固定されてきた。
 それをもって「絶望」という感覚的な言葉を使うことは,上手な表現だとは言えなくても,それほどおかしなことではない。

 また「原発に関係のない政治的主張は禁止」とする首都圏反原発連合の主催のデモが多かったせいか,根底には政府のやり方への批判があっても,「反原発デモ」や集会では,それらは表現がされなかった。
 だから,SEALDs に代表される若い人たちが,まったくこの間出てこなかった「政治的」発言をすることを見て「希望」を言うことも,やはり,それほどおかしなことでもない。


「 デモをみれば革命を連想するという極端さ 」
 革命という政治構造の急激な変化の歴史的重大さを認識しているから,その言葉を軽々しく扱うなと考えてるのかも知れないが,日本のふつうの市民たちが,ささやかな日常が政権の暴走で壊れそうだという危機感を共有して,ほんとに私は私自身の責任で,たった1人で,初めて国会周りや官邸前や議員会館前のデモに参加しているわけだし,個人のちっちゃな“かくめい”が,10万人,20万人,100万人と集まったことを讃えただけと,私には聞こえた。
 だいたい若いロックやポップス好きの人たちにとって,「革命」なんて言葉はけっこう軽いものだ。12〜13年ほど前,チェ・ゲバラが六本木辺りで大流行していたことがある。オツムの程度を疑われていいから言うが,私も,ゲバラがデザインされているスウォッチを買ったりした。何だか知らないけど革命,カクメイ,レヴォリューション,そんなロゴも氾濫していた。オシャレね,とか,イケテルね,とか,そんな感じ。
 旧い歴史の「民衆の蜂起」や「革命」のイメージが変わることは,それほど責められることではない。歴史学者が言っているわけじゃないのだから。


「 一部に過激派が混じるだけで全体が信頼を失う脆弱さ 」
 2012年夏「再稼働反対」官邸前デモにも“ゼンガクレン”とか混じっていたらしいけれど,私と友人たちは,いいじゃない,あの人たちも混ぜてあげればと,そんな話をしたこともあった。
 もう一度言うが,たいていの人は,たとえ友達を誘おうとも,ほんとに自分の責任で,たった1人で,初めて国会周りや官邸前や議員会館前のデモに参加している。
 必要なときにこうしてデモに参加することができる社会が風通しが良いものだと直感している人びとにとって,わずか2〜3分のスピーチの出来がどうとかは,あまり重要な問題ではないはずだ。


「 デモの訴えかける先は結局のところ国民 」
 しかし,たいして面白いわけでもないデモに週末や休日を潰すのは,市民としてそうする必要があると1人ひとりが考えるからだ。私も,今の政権がやっている権力の濫用を止める必要があると思っている。

 また,厳しい疑問を言うと,こういう批判をする小野氏は,デモに参加あるいは連帯して文句を言っているのだろうか。連帯していて批判するのと,高みの見物で批判するのでは,後者は言いがかりになるだけだから。

 松岡正剛氏の言葉を借りれば

 「 内側叩きしかできない日本はそうとうにやばい。 」

画像

  2015/03/26 新宿東口にて

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◇ 参考
東京新聞 2015年8月31日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015083102000125.html
坂本龍一さんら各界著名人も市民と連携


https://twitter.com/seigowhibi
松岡正剛の日刊セイゴオ「ひび」 @seigowhibi 9月2日
【日刊セイゴオ「ひび」】 五輪エンブレムも却下。陽気なサノケンも降りざるをえなかった。それにしてもこんなに誰も彼も降参させる社会のどこがいいのか。内側叩きしかできない日本はそうとうにやばい。15/9/2
 http://1000ya.isis.ne.jp
8:40 - 2015年9月2日

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