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zoom RSS 山本太郎議員へのキャンペーン合戦と,小沢一郎代議士「国民の生活が第一」

<<   作成日時 : 2015/09/22 14:54   >>

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1) 山本太郎参議院議員の「除名処分要求のキャンペーン」と「そのキャンペーンへの抗議」というキャンペーン合戦の不毛

 「安倍・安保法制」への実りのある有権者の反応ではない。
 つまらないことでは,深夜に参議院本会議の採決中継を見ていて私の記憶に残っているのは,山本議員が牛歩を始める前に,主濱了参議院議員が,何か注意でもしたのか2〜3秒だけ話しかけていたところだった。
 連日,議員たちが体力もその限りを尽くしただろう参議院特別委員会と本会議だろうが,私自身の主張をだいたいまとめると以下になる。

参議院議長
 山崎正昭 様              
参議院「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」委員長
 鴻池祥肇 様

 本法の参議院特別委員会での正常な採決なき「可決」という暴挙は,国会への信頼を失わせるに余りある。これをこのまま認めるなら,以降の国会審議すべてについての信頼さえ不可能になる。参議院議長として,ぜひ正常な議事侵攻進行と採決仮定過程の回復をする勇気を取り戻していただきたい。


2) 文科省評価で大学の一部学部「改廃」は異常だ

 歴史学者・阿部謹也が「今日の大学問題はひとつには学問の価値の問題であり,ついでに教養のあり方の問題でもある。」そして「莫大な学問研究費」が「国民にとっての必要性という観点からの評価が行われていないように見える」と記したのは1999年5月。
 その後,文科省(2001年までは文部省)に大学評価機関がつくられ,この問題をどのように扱ってきたかは,私は知らない。
 痛烈には「学問に胡坐をかいてきた」と批判されるところもあるのだろうが,国公立でなければ継承し続けることのできない豊穣な人類知はあるはずだ。
 現在の文科省の評価による大学の一部学部「改廃」とは,むしろ阿部謹也が考えた「国民にとっての必要性」とは正反対のほうを向いているし,「改革」のみが先行しては無意味だという警鐘さえ無視している。
 いまや大学の学長が「極貧大学」化をおそれて目先の「改革」に奔走するなど,むしろ大学知からほど遠い私のような庶民大衆から見るなら,なぜもっと本気で批判しないのかと,もどかしく感じる。
 ウェブで検索しただけで分かったつもりになるのが簡単。専門知への安易な軽視は技術革新のひとつの側面でもあるのは,歴史の常でもある。
 たとえば生活全部を破壊された人びとはおそらく積極的に「反・安保法制」のデモなどに出てはこないだろう。やや経済弱者の心理的な共振は,入り口がナイーヴであっても,偽善的であっても,むしろ「団子より花」。

3) メディアのほうが扇情的

 尊厳ある個人は不必要とも見える政策の数々は,いかに今の政治自体が貧困を極めているかの証左だ。
 「社会の理不尽や世間での屈辱に耐えかねている人々の心理につけこんでデマと扇動で...」と山本太郎参議院議員を嘆く堀茂樹教授だが,いや,とりま(とりあえずまあ)経済政策ね,は,これが,庶民大衆の気分を捕まえる戦略なのか,何かしら理想なのか分からない。しかしむしろ私は違うと思う。それこそ,戦後長らく自民支配が続いてきた根本の発想ではないのだろうか。
 情報の混乱,錯綜による扇動がもし危機感を持って言われなければならないとしたら,大マスコミ始めとするメディアのほうが罪は大きい。
 たとえタイトルにもリード文にもセンセーショナルつまり扇動的な体裁を取っていないだけで,むしろ,庶民大衆を蔑視した情報操作が氾濫していることのほうが大罪だ。

4) 国民連合政府を共産党が提案

 憲法学者・木村草太氏が昨夜TBSラジオで「安保法制」の違憲訴訟を待つのではなく,「このぐらいのことは有権者が政府にNOを突き付けなくてはならない」つまり選挙で政府をつくれという意味の発言をしていた。これもまた楽観的に過ぎるが,そのとおりではある。
 今,「反・安倍安保法制」の国民連合政府を共産党が提案している。しかし「脱・原発」のときそうだったように,7割の人びとが反対でも,選挙を決する大きな争点になることは難しいだろうと私は思う。それだけでは,日本の国会から野党が消えてしまうだろう。
 今さらながら野党は危機感に苛まれているだろうが,なぜ,小沢一郎代議士がこの数年間はとくに,野党は協力しろと言ってきたことが聞こえなかったのだろうか。
 ユナイト!!!

5) 理想と具体政治と 小沢一郎代議士

 このままではどうも格差の縮小は難しいよと分析したのがトマ・ピケティだった。
 フランスは社会の文化的な豊かさとともにプラグマティクな学問が盛んで,そこがドイツとは対照的のようなイメージを,私は持っている。

 さて,格差というありがたい語彙を使うなと何度もメモしてきているが,格差すなわち固定化した不平等が先にありきで,すでに極めて短期間には解決できなくなっている経済的な不平等の縮小はいささか絵空事に見える。アメリカ経済の回復を例に挙げても,まったく違う状況が日本にある。
 日本では,原発事故収束に係るまったく別の経済再生の途を模索しなくてはならないということが,微妙にその条件から外されているからではないか。
 そこで,いわゆるカルト的「反原発勢力」を相手に虚しい言い合いを続けるようなことまで起きている。原発,原発事故の問題は,すぐれて科学的・技術的な解決を政治主導でなすべきだろうし,またそれ以外に庶民大衆を納得させることはできないのではと,私なら考える。

 国民の生活が第一という理想を掲げたかつての民主党,いや正確には “ 小沢 ・ 民主党 ” が,なぜ支持されたか。そして今もなお強力な小沢一郎支持者が存在し続けるか。
 人はパンのみにて生きるに非ず。しかしパンをおろそかにしない具体政治を理想とする政治家だからと,私は思う。
 それでもなお,すでに「超格差社会」を生き抜くしかなくなった庶民大衆の生活に配慮できる政治は難しいはずだ。
 「 経済なんか(≒景気が良くないこと),政治が悪いからってことにしときゃあいいんですよ 」 というようなことを言った吉本隆明のアッケラカンとした「だいたいでいいさ主義」を,思い出す。


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阿部謹也
『 大学論 』

日本エディタースクール出版部刊 1999年6月(初版は5月)

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Emmanuel Todd エマニュエル・トッド
『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 』

文春新書 2015年8月5日第7刷(第1刷は2015年5月20日)

 編集後記は編集部とあるから,営業努力も半端じゃなかったのだろう。日本の書籍に特徴的な“帯”は,増刷を重ねて,何度か別の新しいキャッチコピーやデザインになっていた。わずか3か月弱のうちに第7刷。最高によく売れた本の1冊と分かる。
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◇ 朝日新聞 DIGITAL
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11977278.html?_requesturl=articles%2FDA3S11977278.html
「文系改革」揺れる国立大 文科省通知「廃止」言及 「交付金削減」対策に新学部
2015年9月22日05時00分

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