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zoom RSS あいかわらずのマス・メディアのヘタレぶり「戦後70年談話」

<<   作成日時 : 2015/08/17 19:12   >>

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 私たち日本人が反省すべきことの1つは「第2次世界大戦に至る歴史も,戦争そのものについても,もう二度とは謝罪するつもりはない」と考えている総理を,内閣を,存在させ続けていることだ。

 ボンヤリとした言い回しで取り繕ったとしか見えない「戦後70年・総理談話」を,平気で“評価するか,しないか”とアンケートを取るマス・メディアは,実に自らのメディアとしてのその責任を抛りだしているとしか思えない。
 何か意見を明確にすることについては,感情的にならなかったり乱暴にならなかったりする「大人の態度」が,何か良いことだとでも言いたげだ。
 海外メディアやジャーナリストからは政治と大手マス・メディアの親密さを指摘されているし,もちろん日本にも多く,それを指摘する人びともいるのだけれど,意見を明確にすること自体を,なぜ,こうも「抑制的」であるのか。

 敢えて,私は乱暴に言いたい。
 2001年 アメリカ 9.11 。飛行機がビルに突撃した。1944年10月から1945年8月15日まで「特攻隊(神風特別攻撃隊)」という海軍の自爆攻撃を,日本人であれば,なぜ,すぐ想起しなかったか。「回天」「菊水作戦」ではほとんどの兵士が,沖縄戦では兵士以上に県民が犠牲となった。
 アジア諸国に謝罪することは,この日本国民自身の犠牲にも謝罪することでもあるはずだ。

 日本では物理的な破壊や直接の暴力について,いかにも諦めたように 「平常心を失っていただけ」 のような言い訳で事足りる風潮がどうやら戦中,戦後にも続いているようだ。(※)

 しかし,あまりに無意味な今回の「戦後70年・総理談話」を,その本質から切り裂き,批判するメディアがほぼ皆無だ。私には驚きだ。
 ふつうの生活をしている人びとからは,こんな「談話」なら出す必要などなかったという健全な感想がある。
 そう。閣議決定された「談話」というが,なぜ「憲法無視,戦争法制推進」している内閣が何を隠したくて,何を意図して,ボンヤリとした言い回しで取り繕った「談話」を出したのか。
 それを,厳しく追求しようとするマス・メディアは,皆無か。


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(※) 『 中谷 宇吉郎 随筆集 』 樋口 敬二 編
岩波文庫 第16刷 1996年12月10日
(第1刷は1988年9月16日)
買ったとき 定価 670円 (本体650円+税3% 20円)


☆☆☆  ☆☆☆   ☆☆☆  ☆☆☆

p.166 〜 p.177
 
「硝子を破る者」

p.166 9行目〜p.167 6行目
 ふと眼が会ったら,その男が半分一人言(ひとりごと)のように,半分は私に話しかけるような調子で「戦争に敗(ま)けりゃあこんなもんだ。仕方がないや」とつぶやいた。私はちょっと可笑(おか)しくなって「だって君,これは何もアメリカの兵隊が割ったんじゃないんだよ。硝子を割ったのは皆日本人なんだろう」と言うと,その男も「そう言えばそうだね」と苦笑した。
 日本人が汽車の窓硝子を破るようになったのは,窮乏のために平常心を失ったからであり,窮乏は敗戦に原因する。そういう意味では,戦争に敗けたから雪の吹き込む汽車で寒い思いをしなければならないと言うのは本当である。しかし「戦争に敗けたんだから」という言葉を,今日のように皆が無考えに使っていると,とんでもない錯覚に陥る虞(おそ)れがある。もう既に陥ってしまっている連中も沢山あるらしい。


p.167 11行目〜12行目
 取る物もとりあえず,樺太(からふと)からの引揚民の中に雑(まじ)って,地獄絵のような場面を見続けながら,三日がかりで東京へ出た。

p.167 最終行〜p.168 2行目
 ところが,この上京の留守中に大変なことが起ってしまった。それは山頂の観測所がすっかり泥棒に荒されてしまったのである。

p.168 7行目〜p.169 9行目
 研究室の中は,目も当てられない始末であった。持ち運びの出来る器械類を盗んで行くのは仕方ないとして,全く不必要に窓硝子を大半壊している。大型の 器械は,中の真空管だの測器だのという部分品だけを盗(と)って行ったようである。一番不可解なことは,それだけ持って行けばよさそうなものを,盗った後の器械を床にぶちつけて,滅茶(めちゃ)苦茶に壊してあることである。
 この山は北海道でも有名な吹雪の難所である。山頂の天地晦瞑(かいめい)の雪嵐(ゆきあらし)の中で二冬を過(すご)し,やっと研究装置を完成した助教授のI君は,手塩にかけた器械の無惨な姿を見て,ぼろぼろと涙をこぼしたそうである。
 この無意味な破壊という不可解な心理が,戦争中にもしばしば現れて,米英の将兵をひどく恐れさせ,また刺戟(しげき)したのであった。シンガポールでも,マニラでも,そういうことが始終あったらしい。何かの意味で戦争に必要なこと,少くも間接にでも策戦に関係があることなら意味は分るが,全く不必要に文化施設だの博物館の標本だのを破壊する心理は,私たちにも分らない。英米軍の人たちには,この「底知れぬ野蛮性」は恐怖の謎(なぞ)であったにちがいない。
 東京で総司令部の報道関係の一将校に会った時に,この点について質問されて,大いに困ったことがある。マニラの暴状を見て来たばかりのその将校は,余りにも苛(ひど)い無意味なる破壊の姿によほど心を痛められたようであった。私は返答に困って,下手な弁解をした。制空権を完全に奪われ,補給の路も救援の望みも全く失われた場合に,将兵が絶望の極,その種の精神的異常状態に陥ることもあり得ようというのである。話しながら拙(まず)い答弁をしたものだと内心思っていたら,果(はた)して「バタアンにおけるマックァーサー軍は,全く救援の望みはなかったが,ああいう目的のない破壊はしなかった」と言われて,その通りだと苦笑せざるを得なかった。


 ルビは(かっこ)で表記。

☆☆☆  ☆☆☆   ☆☆☆  ☆☆☆

画像


 この「硝子を破る者」全文,以下でも読めます。


青空文庫
中谷宇吉郎 「硝子を破る者」

http://www.aozora.gr.jp/cards/001569/files/53229_49832.html

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