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zoom RSS なるほど「大阪都構想」橋下市長の詐欺的話法

<<   作成日時 : 2015/05/09 17:20   >>

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 TV 東京 『 田勢康弘の週刊ニュース新書 』 をさっき,お昼に見た。
 橋下大阪市長は実に詐欺的言辞を弄ぶに長けていた。
 「大阪都構想の細部にわたって住民・市民が理解するのは無理だし,分からなくて良い」と明言していた。そして住民投票することが「民主主義だ」と,こう言う。
 しかも「メディアが都構想をちゃんと問題にしていないから」と,そこだけを切り取れば妙に納得のいく言い方で丸めこむ。いやはや実に詐欺的な話法に長けている。

 市長になってからすでに4年間,市民に対して多くの情報を提供し緻密な討論を重ねる具体的時間も,たっぷりあったはずだ。それでも全部は分からなくて良いとなると,これに怒らない住民・市民がいることのほうが,どうかしている。

 事典が説明する「民主主義という言葉は正確な内包を失い,単なる正当化のための政治用語として使われている」を地で行くとは,このことだ。

 挙げ句「憲法改正の国民投票もあるのだから,住民投票は良い機会だ」と言う。
 えっ?! 「自民の考える憲法改正」の宣伝までしているのか?!

 なるほど, 「住民投票が安倍の改憲策謀に直結するから全国的な反対運動が起きてる」 とあったのは,そういうことだったのかな。

 「自民の考える憲法改正」の別働隊として一生懸命になることが,なぜ大阪市の住民・市民にとって必要なのだろうか。
 維新の党の「憲法案」も,自民案以上に凄まじく復古主義的だ。党勢拡大は望めそうもない維新としては自民案に便乗するつもりにでもなったのだろうか。
 橋下市長の歴史観も,安倍総理と同様にいわゆる歴史修正主義に基づいていることは周知だ。 2013年の「慰安婦問題」に対する発言にも明白だが,ナチス・ドイツの独裁が現実化されたときと重なる。

 住民・市民が主権者である「国民主権」が標榜され,「民主主義」が標榜され,十分で必要のある情報は提供されないままに自治体の姿形を変質させることが平然と行なわれつつある事態が,まさに問われるべき問題だ。


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◇ 参考と関連
生活の党と山本太郎となかまたち
http://www.seikatsu1.jp/
日本維新の会の従軍慰安婦発言、国内外の多くの人々から受け入れられない
http://www.seikatsu1.jp/activity/press/act0000067.html
小沢一郎代表定例記者会見より (2013年5月20日)


http://4472752.at.webry.info/201305/article_22.html
2013/05/15 08:21
非人道的発言でも,メディアには露出/「維新」という言葉を使う資格はない

http://4472752.at.webry.info/201505/article_6.html
2015/05/08 02:13
「大阪都構想」の賛否は最終的には大阪の人々がきめることだ


◇ 番組情報
TV東京 『 田勢康弘の週刊ニュース新書 』
http://www.tv-tokyo.co.jp/shinsho/
2015年 5月 9日(土) 11時30分〜12時05分
【住民投票近づく…「大阪都構想」のいま】


◇ コンサイス20世紀思想事典
p.852〜853 読み易くするのに改行しました
民主主義
[英] democracy [独] Demokratie [仏] démocratie
〈民主主義〉という言葉は,demos (民衆,住民)の kraus (力,支配)を意味する dēmokratia という古代ギリシア語から生まれた。 その訳語として世界中に広まった。古代ギリシア,とりわけアテネで行なわれた民主主義とは直接民主主義のことであり,議会も政党も三権分立も知らない体制だった。それはソクラテスを死刑にしたことにより,プラトンに衆愚政治とおとしめられ,ヨーロッパ社会は永くその影響を受けた。
近代市民革命の際,ブルジョアの理論家の多くは自由主義のために論じたが民主主義を嫌い,それは直接民主主義的なイメージとともに,一部の急進主義者や下層の民衆の運動のシンボルとしてわずかに使われたにすぎない。

民主主義がヨーロッパに受容されるようになったのは,19世紀の米国で民主党が形成され,やがてそれが第一次大戦時のウィルソン大統領とともに対独戦争の共通の名分とされるようになった前後からである。
それまで19世紀のヨーロッパでは,民主主義とは主として社会主義者たちのシンボルであり,マルクス主義運動は社会民主主義を自称した。然し、大衆化の波の中で自由主義を基礎とする古典的議会主義の体制も漸次的に民主主義と和解するようになる一方,レーニンに率いられた革命ロシアやナチス・ドイツが独裁を現実化するに及んで,西欧社会は,自由主義社会の意味合いで民主主義国を自称するようになった。

だが共産主義ファシズムも共に,人民民主主義,指導者民主主義という意味における民主国家のたてまえを崩しておらず,その限りで,今日における民主主義という言葉は正確な内包を失い,単なる正当化のための政治用語として使われている場合が多い。→ ポリアーキー polyarchy(高橋通敏)

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