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zoom RSS 戦後70年,安倍内閣は歴史だけでなく何からも学んではいないだろう

<<   作成日時 : 2015/03/02 01:17   >>

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 1618―1648年,ドイツ国内での宗教対立を契機とする紛争に諸外国が介入した戦争いわゆる「三十年戦争」を題材にしたブレヒトの『 肝っ玉おっ母とその子どもたち 』(※1)
 この文庫は,翻訳した岩淵達治氏の詳細な訳注が16頁,解説が33ページ,そして巻末横組みで24ページにわたるブレヒト略年譜という稠密そして豪華な構成で,ドイツ文学を研究したことなんかない私にも,恐ろしいほどの歴史の深さを覗かせる1冊だった。 版元の岩波では現在品切れのようだ。

 紙の本の出版不況というのは,電子機器の恩恵に与る生活の利便さで社会の変容が起きているという現象だけではないのだと,私は今さら考えている。
 産業革命で社会の価値観が変容してきただろう歴史を思い起こすと,やはり,今は「伝達・交通の手段というものが、想像をはるかに超えてしまった」(※2)と,吉本隆明ならずとも認識できる時代で,多くの氾濫する言説が,有効性を持ちにくい歴史を生きることを私たちは余儀なくされているのだとも思う。
 ダーイシュ(IS)の殺人にしても 川崎市の中学生殺害事件にしても,多くの人々とりわけ日本にいわば安穏と暮らしている人々に手に負えない遣り切れなさと不快とを もたらし,しかし,それらについてのどういう「評論」も「きのう雨が酷かった」という情報の解説以上の閾を出ない空虚を与えるものでしかないという自戒が,言説を行使する人たちにあるのだろうか。
 多くの議論は,空間の措置についてに,留まっている。
 私は安易なニヒリズムの蔓延を言いたいわけではないし,低年齢でも膨大な情報の渦に晒されるウェブの進化について苦言を言いたいわけではない。
 人類は,時間をいかに〈管理〉できるか。まだ,答えはない。

 戦後70年と言うが,安倍内閣は歴史に学ばないだけでなく,何からも学んではいないだろう。 学ばず,我を通すことは,場合によっては庶民的知恵であったりする。それが,ダラダラと自民政権を存続させている理由なのかも知れない。

 ついでに言えば,憲法を本質的に読みこんできた小沢一郎代議士が,昨日メモした村山内閣時代のマスコミや自民党や共産党からさえも,陰湿な攻撃を受けていたことが窺える。当時は,有能で優秀な政治家である小沢一郎代議士のしかも熱狂的な大衆の支持に対する単なる妬み嫉みも加わってのことだったのかと想像するが,こんにちの政治状況に至った「小沢攻撃」とは一体何だったのか,また,いったいなぜだったのか。これは,安倍政権が壊滅しても残る問題であるのは間違いないはずだ。

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(※1)
ヘルベルト・ブレヒト 『 肝っ玉おっ母とその子どもたち 三十年戦争の年代記 』 岩淵 達治 訳

 この戯曲の始まり「都市に近い国道。徴兵係と曹長が寒さに震えながら立っている。」という舞台設定で,兵隊をかき集められずにボヤク徴兵係

< p.7〜8 から一部抜粋 >
 

徴兵係 十二日までに四中隊を編成して司令官のところに連れてこいだとさ。ところがこの辺の奴らときたら実に質(たち)が悪くて
 酔っ払わせて、署名もさせた
 ずらかりやがったんだ
 この土地へ来て、俺は人間に対する信頼ってものをすっかり失ったぜ、曹長。


< p.8 4行目〜 p.9 7行目 これに答える曹長の台詞 >

曹長 それでこの辺には長いこと戦争がなかったことが分かるんだ。それじゃあ道徳心など生まれっこないと俺は思うね。平和ってものは実に出鱈目(でたらめ)なもんだ、戦争になって初めて秩序ってものが生まれるんだ。平和な時代には、人間はやりたい放題だ。人間も家畜もそこらじゅうでどんどんはびこる。みんなが、好きなものを食いたい放題、白パンにでっかいチーズをのっけて、おまけにチーズの上にベーコンまでのっけて食うんだ。この先の町には、若者がどれだけ、馬がどれだけいるかなんてことを知ってる人間はひとりもいねえ。数えたこともないんだな。俺は七十年もまるっきり戦争のなかった地方に行ったことがあるが、そこに住んでる連中には名前もないんだぞ。自分の名前を知らないんだ。戦争をやってるところに行けば、ちゃんとした帳簿があり、記録があって、靴は何箱、穀物は何袋と整理され、人間も家畜もきちんと数をかぞえて移動させるもんだ。それというのも秩序がなけりゃ戦争はできない! ってことをみんなが知ってるからさ。

徴兵係 ほんとにその通りだよな!

曹長 すべて いいことってのはそうしたもんだが、戦争も初めはそう簡単には起こせない。だが、いったん景気がよくなったら、後はずっと長持ちするのさ。こうなったら連中は平和と聞いただけでぎょっとするようになる。さいころ博打(ばくち)をやる奴が止めるのを恐がるようなもんだ。やめるとなったら負けた分は払わなきゃならんからな。そのくせ初めのうちは戦争を恐がるんだ。それはまだ経験してないことだからさ。


岩波文庫2004年4月16日 第1刷
買ったとき 定価735円(本体700円+税5% 35円)
画像


(※2)
p.97 後ろから3行目

吉本隆明 『 第二の敗戦期 ― これからの日本をどう読むか 』
二〇一二年一一月一〇日 初版第二刷
春秋社 定価(本体1500円+税)

画像


http://4472752.at.webry.info/201308/article_22.html
2013/08/18 18:43
吉本隆明 『第二の敗戦期』 春秋社/そして,消費税上がったら,カイモノしたくないね

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