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zoom RSS 「大飯発電所 3号機及び 4号機の原子炉を運転してはならない。」福井地裁

<<   作成日時 : 2014/05/24 15:52   >>

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 すでに東京新聞ほかで社説なども出て,ウェブ上でも多くの感想,意見も出ていますが,私は法律にも詳しくはないので,メモを作っておくことにしました。

 「判決要旨」は,判決書とは別につくられる。 これは,当事者と報道などの便宜のために,1つの司法行政サービスとして,裁判所が作成するそうです。 判決書そのものは,もっとたいへん膨大で,双方主張について精査された全文があるのかもと,思います。
 私が読んだ感想は,司法の「責任」にも言及した格調でした。

 まあ,あいかわらず読売新聞は,どんな訴訟だったかさえ誤魔化したいのか,記事の見出しまで 「大飯再稼働訴訟 不合理な推論が導く否定判決」 とワザとなのですかね,間違った言葉を使っているんですが。再稼働訴訟なんて言い方,どうやって思いつくんでしょうか?
 正確な情報を遮断しておいて,報道のオシゴトの振りをする,これ,実にコワイ。

 東京新聞のほうも 「 判決は、あらためて、福島の反省に立て、と言っているかのようである。」
 「かのようである」って,何となしの逃げ腰感が漂うんですが,どうなんでしょう。 判決要旨の「 理由 」では,明確に以下の文言があります。反省という言葉自体は,やや倫理性に重きを置いた言葉なので,この裁判では,合理性を問われるとか,そういうことなんでしょうか。それって,けっこうクソッタレ感覚だい,私にはそういうのございません,と,ちょっと強気の感想だい。

< 判決要旨 一部抜粋 >
2 福島原発事故について
原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。
3 本件原発に求められるべき安全性
 原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。


 各社報道から見ると,ほぼ正確なところは「福井県の住民らが関西電力を相手取り運転差し止めを求めた訴訟」で,日常の分かりやすい言葉では,以下のようになるだろう。

訴訟の一般名称 (どんな,うったえだったか)
: 大飯原発運転差止請求事件
(運転を止めてくださいという,うったえ)
原告 (うったえた側)
: 福井県の住民など189名
(166名+23名。166名は大飯原発から250キロメートル圏内にお住まい。)
被告 (うったえられた側)
: 関西電力
判決 (裁判所が判断し決めたこと)
: 3点ある。 最も重要な1点目は「福井県大飯郡おおい町大島 1字吉見 1- 1において、大飯発電所 3号機及び 4号機の原子炉を運転してはならない。」

 刑事訴訟では「被告人」と言うのは,検察が犯人だろうと考えている「容疑者」を裁判にかけるので「被告」となるので上記の「被告」とは全然違う意味だとは,ご存知の方も多いと思います。
 民事訴訟や行政訴訟では,これは,ワルモノを裁くような意味で被告と言ってるのではありません。 訴えた側を「原告」,うったえを起こされた側を「被告」と単に呼び分けるだけす。
 うったえの内容が裁判で「争われる」。審理に至るそれぞれの主張の展開を「争う」と言います。おおまかには,そういうことでしょう。
 こうした言葉でさえ,日常生活と裁判とでは,ニュアンスがずいぶん違う使われ方をしています。

 そして,関電は,控訴する=判決に不満だから第2審つまり高等裁判所に訴えると言うが,どんな新しい証拠を揃えることができるんだろうか。
 ただし,細部の表現にこだわったところで難癖つけることは,行政訴訟の控訴審などでは,これまでも,されてきた。
 そもそも福島第1原発の事故は厳然として眼前にあるわけで,この事実を無視していると思えるような論調が「科学」の名を語って行われている,むしろ,増え始めていることに,とても鬱陶しい気分に陥る昨今なんですが,原告の方々は,ひょっとするとまたカビの生えたような裁判を相手にすることも考えられなくはないので,確乎不抜,意気軒昂のたたかいをお続けになることができますようにと思うのです。

 なお,判決要旨は,ちょっと長くて1万字以上あります。
 このブログは1回のメモは1万字以内なので,当然おさまりきれません。ほかで読めますので,正確には下記リンク先などで,ぜひご覧ください。


◇ 大飯原発運転差止請求事件判決要旨
http://www.news-pj.net/diary/1001
NPJ訴廷日誌  21014年5月21日
【速報】大飯原発運転差止請求事件判決要旨全文を掲載します


◇ 新聞 社説
東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014052202000148.html
大飯原発・差し止め訴訟 国民の命を守る判決だ 2014年5月22日

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20140521-OYT1T50191.html
大飯再稼働訴訟 不合理な推論が導く否定判決
2014年05月22日 01時25分


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◇ 判決要旨の一部

理由
1 はじめに
 個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。

2 福島原発事故について
原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。

3 本件原発に求められるべき安全性
 (1) 原子力発電所に求められるべき安全性
 原子力発電所は、電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが、原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条)、原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。

 (2)  原子炉規制法に基づく審査との関係
 (1)の理は、上記のように人格権の我が国の法制における地位や条理等によって導かれるものであって、原子炉規制法をはじめとする行政法規の在り方、内容によって左右されるものではない。したがって、改正原子炉規制法に基づく新規制基準が原子力発電所の安全性に関わる問題のうちいくつかを電力会社の自主的判断に委ねていたとしても、その事項についても裁判所の判断が及ぼされるべきであるし、新規制基準の対象となっている事項に関しても新規制基準への適合性や原子力規制委員会による新規制基準への適合性の審査の適否という観点からではなく、(1)の理に基づく裁判所の判断が及ぼされるべきこととなる。
 しかし、技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には、技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから、この安全性が保持されているかの判断をすればよいだけであり、危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。

4 原子力発電所の特性
他の技術の多くが運転の停止という単純な操作によって、その被害の拡大の要因の多くが除去されるのとは異なる原子力発電に内在する本質的な危険である。

5 冷却機能の維持について
(2) 700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震について
ウ イベントツリー記載の対策の実効性について
 第7に、大飯原発に通ずる道路は限られており施設外部からの支援も期待できない。
エ 基準地震動の信頼性について
被告の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。

7 本件原発の現在の安全性
 以上にみたように、国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発に係る安全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない。

10 結論
 以上の次第であり、原告らのうち、大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者(別紙原告目録1記載の各原告)は、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求を認容すべきである。

福井地方裁判所民事第2部
 裁判長裁判官 樋口英明
    裁判官 石田明彦
    裁判官 三宅由子


◇ 日本国憲法
第三章  国民の権利及び義務
第一三条 【個人の尊重と公共の福祉

 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第二五条 【生存権、国の社会保障的義務】
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
A 国は、全ての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

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