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zoom RSS 桜満開なれど...日記 続き

<<   作成日時 : 2014/04/05 22:56   >>

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4月4日(金) 昼間晴れ。夕方短時間,大粒の雨。函館の友だちMちゃんからハガキが届く。
 え〜っ,ハガキなんて,チョー珍しいし!!! 年賀状さえパスで,メールだったりね。

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 なんだけど,さすが,この8%消費税にたいする嘆きが満載。そうだよねえ,そうだよねえ。そうだよねえ。
 消費税8%記念(?)で2円切手使用...世の中、大変になるのでしょうか。不安になりますね......
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 あいかわらず「日本の消費税・税率は低い」という大ウソもまかり通る。
 大ざっぱに言えば,西欧の高福祉国家って,あくせくアクセク自分で貯金しなくても,国自身がセィフティネットになってるから,生涯で見れば高税率でも医療 ・教育 ・老後などなど 十二分なQOLが保障されてるって基本があるわけだし。
 10%の消費税でもビクともしないウン千万円の所得がある大 マスコミ,とりわけ東京キー局のテレビなんかは,本気で考える気はないってことだしね。
 いったい何で,節約して税金払わんきゃあ,ならんのか?
 なんか「オカネを節約して生活する」っていうふうに捻じ曲げられてるけど,本質は「生活を節約して,税金を払う」ってことなんですからね。
 非正規労働者だけでなく,様々に収入が上がらない多数を捨ておいてさ。
 「社会保障と一体改革」って言ってた民主党まで腰砕けじゃないんでしょーか。これだから,政治家ウソつきって思われるんだよ。

 そして,函館と青森県下北郡大間町に建設中の大間原子力発電所は,最短距離だと23km。当初予定では,今年11月に運転開始だったという。
 20年前。1984年12月に大間町議会は原子力発電所誘致を決議。2011年3月福島第1原発事故など想像さえしなかったろう20年前。
 20年前,つまり,チェルノブイリ原発事故1986年4月26日のまだ前に,誘致計画が決議されているわけで,それでもゲンパツに頼らなければ地域経済が立ち行かないのだとしたら,やっぱり自公政権の責任は重大だ.。

毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20140404k0000m040123000c.html
大間原発:建設差し止め求めて函館市が提訴
2014年04月03日 21時36分(最終更新 04月03日 22時51分)


4月5日(土) 朝から晴れ。チリの地震その後どうなったのか...
 SIGHT最新号を,おおかた読み終える。インタヴュする渋谷陽一氏の「焦り」みたいなのが伝わってくる今季号で,たくさん読まれるといいね!
 安倍総理の靖国参拝と今くすぶっているレイシズムの根っこが同じだと常々思うところをメモしてはいるけれど,SI GHTレギュラーのおひとり国際政治学者の藤原帰一氏インタヴュ『 歴史問題とは「 多くの人が犠牲になったという事実 」に目を向けないことにたいする怒りである 』 p.74〜89これが,分かりやすくて良かった。下記引用した部分を読んで,久しぶりにあまぞんで本を注文する気になりました。講談社現代新書藤原帰一 著 『戦争を記憶する』
 

SI GHT Vol.59 2014 SPRING
原発、秘密保護法、靖国参拝に反対する私たちは少数派だとは思えない―― この国政治は誰の意思によって動いているのか」


p.87 下段3行目〜p.89上段 11行目から抜粋して引用

藤原
 さっき「リベラルなナショナリズムというのは、矛盾かもしれないけど」っておっしゃったとき、わたしはそうじゃないってすぐに合いの手を入れました。それは、自国民を大事にするということと、他の国民を否定することが結びつく必然性はないからなんですよ。リベラルなナショナリズムっていうのは、国民を単位として考えたとき、文化の共同体、伝統の共同体としての国民じゃなくて、市民の合意によって支えられたコミュニティとして国民を考えるという市民社会のイメージなんですよね。
< 途中略 >
国境を越えて戦争の犠牲を見ることで、戦争の記憶とナショナリズムの結合を解き放つことです。
< 途中略 >
日本を誇りに思うことはいくつもありますが、ひとつ挙げるとすれば『戦争を記憶するの最後に使ったんですが、平和の礎(いしじ)、沖縄戦の慰霊碑ですね。ここには沖縄戦で死んだ人の名前だけがずっと書いてある。それは分かった人の名前全部で、国籍関係なし。日本人、アメリカ人一切関係ないんです。
< 途中略 >
こういう人達が死んだんだっていうことを忘れないっていうことなんですよ。似たものは、ベトナム戦争慰霊碑で、ワシントンDCにありますね。<途中略> ただこれはアメリカ人ばかりです。平和の礎はそうじゃないんです。この追悼の仕方を持っているというのが文明の高さだと思う。それだけ開かれた知性を我々は持っているんですよ。それでいこうじゃんというふうに思ってます。

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