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zoom RSS 藤原帰一『戦争を記憶する』 戦争をなくするとは,どういうことか【2】

<<   作成日時 : 2014/04/26 17:36   >>

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 戦後史観でよく「自虐史観」とか言われます。けれども,国家間戦争は結果にかかわらず,どちらの国家も被害者であり,加害者であることは,言うまでもないことのはずです。
 安易に「平和祈願」と言い訳して靖国参拝することの胡散臭さとは,たとえ戦争の犠牲者が圧倒的に多かった国であろうと,戦争である限り,加害を反省していない,または反省したくない国家観を善しとする根性が見え隠れするからです。
 時あたかも国賓だったオバマおじさまが,韓国では“従軍”慰安婦問題に「おぞましい人権侵害だと認識しなければならない」と明確に発言したそうです。晋三クンが彼はワーカホリックだと,いくらぼやいたとしても,アメリカの民主主義を無視した外交態度は,日本には望めるわけもないことでしょう。
 日米共同声明を読むと,やはり「地域の平和,安定,繁栄」が強調されているわけで,尖閣諸島への言及が刮目に値するかどうかは,大きな意味のある部分ではないと思います。
 さて,日本では,「欧米」とひとくくりに呼ばれることも多く,では,ヨーロッパの国家とアメリカ国家では,戦争観ということでは,どう違うのか。
 以前のメモから重複してふたたび引用をします。多めの量ですので野草で眼を休めながらお読みください。

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    カタバミ 花言葉 ; 輝く心

☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

藤原帰一 著
『 戦争を記憶する 広島・ホロコーストと現在 』

講談社現代新書 2003年 5月20日第五刷(第一刷は2001年 2月20日)

p.57〜101
第三章 正しい戦争――アメリカ社会と戦争
p.67〜76
2  ヨーロッパの戦争観 ・アメリカの戦争観

p.68 3行目 〜p.69 全部
 戦争は倫理に反すると考え、政策の手段としては戦争を否定するからこそ、侵略者に対して加える武力制裁も正当化されることになる。そして正戦思想と反戦思想のいずれもが、戦争を現実として受け入れ、それに対して倫理的判断を加えることを否定する、リアリズム現実主義と呼ばれる伝統的な国際政治の観念と、対極に立っている。反戦の反対は正戦ではない。正戦思想と反戦思想の対極に現実主義が位置するのである。
 このリアリズムとは何だろうか。日本の平和主義に対抗するものとしてよく議論される、この考え方についてまとめておこう。ひとくちでいえば、リアリズムとは、戦争を国家による政策の合理的手段として認める、古典的な国際政治の仕組みである。それぞれの国家は、主権国家として、その「国家理性」に基づき「国益」を追求する。「国益」を確保する手段の一つに戦争が数えられる。
 世界が主権国家に分かれ、その国家に法を適用し指図する世界政府はない以上、戦争遂行に法的判断が加えられることはない。主権国家が最高の権力であるために、戦争における違法と合法の区別も意味をなさないのである。各国は、その合意する条約や法を守ることは求められるが、その条約や法は国際関係における倫理的規範を定めるというよりは、国際関係の現状維持を目的とすることが多い。つまり、あるルールのもとに国際関係が保持される限り、諸国の行動に善悪の判断は加えられないのであり、戦争はそのルールの認める行動に入る。
 このような古典的国際政治は、国家への法の適用を拒み戦争を認めることから、ルールの及ばない弱肉強食の世界だ、そう考える人もいることだろう。しかし、戦争は自然災害のように「起きる」出来事ではなく、各国に行為として「認められる」のである。戦争をルール違反とはしないがルールなしに戦争が「起きる」わけでもない。わずかなルールをかぶせたうえで戦争を認めるのが、ヨーロッパ国際政治の特徴だった。
 この国際政治は、力だけが支配する弱肉強食ではなく、それ自体がルールの体系、規範的体系としての性格を持っていた。その背後には、国家がお互いに相手の存在を認めることで国際関係が成立するという認識がある。群雄割拠はヨーロッパ世界に限らないが、群雄割拠が世界の常態だという了解はヨーロッパにしか生まれなかった。世界は国家に分断され、国家によって構成されている、そう考える各国が存在してはじめて「国際政治」も成り立つのである。国際政治とは、「主権国家体系としての国際政治」を維持することに合意した各国の作る世界だった。


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   カタバミとナナホシテントウ

p.72〜73
国家の社会としての国際関係
p.73 1行目途中〜
しかし、一九世紀末に至り、各国の立憲政治や議会政治への転換が進んだ後も、こと外交政策に関しては、世論は政策決定から排除されていた。戦争は国家の通常の政策に過ぎず、その善悪を取りざたする声は国家の外におかれていた。

p.73〜75
アメリカと戦争
p.73 5行目 〜p.74 4行目
 アメリカでは、ヨーロッパとはまるで違った戦争観が育っていった。政府が市民に責任を負う以上、市民社会への説明や正当化なしには政策は成り立たず、外交も例外ではない。外交政策が世論の支持を前提とする点で、アメリカにおける外交の観念は、出発点からヨーロッパ諸国と異なっていた。それは、大統領と議会がともに外交権限を持ち、大統領の決定を議会がくつがえすことができる、という政治制度の特徴となって現れる。議会と相談しなければ国際協定を結べない王様は異常な存在だが、大統領の場合はそれが普通だった。
 さらに、アメリカでは常備軍が否定された。フリードリッヒ大王などの改革を受けて、一九世紀のヨーロッパ諸国では、平時にも職業軍人を雇い、訓練するのが普通になっていた。アメリカではその常備軍が認められず、戦闘が必要になったときには民兵を動員して自衛するのが原則だった。ヨーロッパでは、国際関係にはいつでも戦争が起こりうると考えたのに対して、「新世界」のアメリカでは、外敵に対する自衛のほかには想定される戦闘もなく、自衛の主体は自分たちだった。常備軍による戦争と、民兵による自衛の違いは明らかだろう。


☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

◇ 関連
戦争をなくするとは,どういうことか【1】
http://4472752.at.webry.info/201404/article_20.html
2014/04/19 18:13

「集団的自衛権の行使」 安倍内閣は戦争の全面的容認?
http://4472752.at.webry.info/201404/article_11.html
2014/04/11 15:22


お読みいただき有難うございます。
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◇ 報道など
新潟日報モア 2014年4月26日【土】
http://www.niigata-nippo.co.jp/th20131223/statement.html
日米共同声明全文

日テレ NEWS24
http://www.news24.jp/articles/2014/04/25/10249985.html
慰安婦問題、おぞましい人権侵害〜米大統領
2014年4月25日 21:05

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