銅のはしご

アクセスカウンタ

zoom RSS テキトー人間全開で生きるゾー by レイナ

<<   作成日時 : 2014/01/04 17:09   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 以下,コメントとお返事をさし上げます。  

◆ 対象記事
NHKニュース9 で(めずらしく)小沢代表の年頭あいさつを報道していた元旦
http://4472752.at.webry.info/201401/article_2.html

◆ コメント
《ニックネーム》
真実を求める者
《内容》
レイナ様
小沢氏の発言の書き起こしお疲れさまです。
NHKが小沢氏の発言を放送したんですか。全く図々しいですね。今までどれだけ歪曲して伝えてきたか。西松事件以来小沢氏をめぐるマスコミの取り上げ方は意図的に貶めるやり方だった。私は陸山会冤罪事件以後テレビ、新聞は見ていません。日本のマスコミは報道機関ではなく官僚の広報部ということがわかった以上見る必要はありません。小沢氏の年頭の挨拶も真意は伝わりません。強者の論理を容認してるのはマスコミです。
小沢氏の発言をこのブログで読んで10年前テレビで言ったことと同じことを今も言ってることに驚きを感じます。政治家に限らず評論家や学者もその時その時でいうことが変わります。小沢氏にはそれがありません。本当に信念を持ってる人の言う言葉は「聞く」よりも「読む」方が真意は伝わります。ただし受け手が読み取る努力をしなくてはなりませんが…。
テレビばかり見ていると「正しさ」よりも「楽しさ」を求めてしまうので。楽しさに正しさはありません。このことを誰よりも熟知しているのが小沢氏だと思います。面白さばかり求めるのが昨今の風潮です。これが期待値ということかもしれません。「言葉」で安心感を与えられない人は人の上に立ってはいけません。今の安倍という人は全くそれがありません。この方の言葉には不安しかありません。「人物本位」ではなく「イメージ本位」で投票する多くの日本人には物の本質を見抜く力はありません。マスコミに毒されず観察力、洞察力をもったごくわずかな日本人の為に小沢氏の発言の書き起こし今後ともよろしくお願いします。


✍    ✍    ✍    ✍    ✍    ✍

真実を求める者 様

 お読みいただき有難うございます。
 が,やはり,表記してある通りには読まれていらっしゃらないのが,少し残念です。
 私が書いた通り,友人のYO.さんがメールで知らせてくれたのです。私はテレビは,見ていません。 それで全く分からないのですが,「小沢氏の年頭の挨拶も真意は伝わりません。」それは,どのような真意だったのでしょうか。
 これについては,できるだけ具体的にお知らせ願えればと存じます。

 「10年前のテレビで小沢氏が言ったこと」も,私は,政治は知らないし,テレビはないし,そうなのですかと思いますが,では,10年前には真意の伝わる報道もあったということなのでしょうか。

 私は,情報の真偽について峻別する必要があるときは,できるだけ自らの生活感覚を手放さず,ものごとを直視できればいいなあと考えております。
 これは「1994年・松本サリン事件」の被害者である河野善行氏を,はじめ犯人扱いして報道したマスコミの姿を見てから強く意図していることです。すべての報道について,何を報道しようと,マスコミ報道はマスコミの言っていることであるだけと,私は考えます。テレビ新聞を見ないというのも,エクセントリックな態度ではないかなと感じますが,個人的な嗜好でしょうから,仕方ないのでしょうね。
 たしかに,書かれてあるものをどう理解するかは,仰せの通り「受け手が読み取る努力を」ある意味,する必要もあるのでしょうが。

 小沢一郎代議士がブレないのは,「国民の生活が第一」であるという土台に基づき発言していて,その場の「期待値」に見合った返事をしようなどという発想は始めからそもそも無いからだと,私は考えています。こう書いたのは,通り一遍な言い方に変えれば安易ななピュリズムに堕していないという意味です。

 ところで,どうしてテレビに「『楽しさ』を求めてしまう」と,いけないのでしょう。
 「楽しさに正しさはありません。このことを誰よりも熟知しているのが小沢氏だと思います。面白さばかり求めるのが昨今の風潮です。これが期待値ということかもしれません。」
 そうなのですか?
 そういうお考えもあるのですか?
 私は「楽しさをもとめること」に正しさや公正がないとは別段考えません。

 また「小沢氏の発言の書き起こし今後とも」できるかどうかはお約束できません。ボチボチ続けるかも知れないですが,音楽やラジオや,個人的な小さな楽しみの時間は無くなるし,体調を考えても,そんなにラクなことじゃないです。そして,今年の私の抱負は「生きる」。1年くらい前までは,エラソーに,いつ死んでもいい生き方をするんだとか,エエカッコシーだったのですが,いつシンゾー止まるか分からん状態という診断結果ありの日々からは,エエイッ,誰が死ぬもんか。何でもいいから生きるぞー。このように,ますますテキトー人間全開となりましたので,他人様の期待にこたえるのは,できかねるところです。

 以前にもメモしましたが,耳の聞こえの悪い友だちがいるし,お仕事やら色々なことで忙しくて何時間も講演を聞けない方もたくさんいらっしゃるだろうから,書いておけば,いつでも読めるのではないかなと始めたことです。技術的には,今の所,人間にしかできない作業のひとつですしね。でも,他にないってことは,誰もやりたくないんでしょ。困ったことですね。


画像
   レイニャはテキトーだにゃ。にゃ〜に言ってんにゃか。
 appeler un chat un chat(猫を猫と言う) : 率直にものを言う,ずけずけ言う


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
テキトー人間全開で生きるゾー by レイナ 銅のはしご/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる