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zoom RSS 岸信介 第34回国会の答弁「集団的自衛権行使はできない」/解釈改憲で「集団的自衛権」行使【2】

<<   作成日時 : 2013/08/17 01:13   >>

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【2】 人事異動で解釈変更は可能か?

「集団的自衛権」」についての歴代政府の見解。
「集団的自衛権」というのは日本の実力組織が海外に行ってその国を防衛することであり,これはできないと,当初,政府は説明をしている。
岸信介も,第34回国会で,そういう説明をしている。
1980年代に入って「集団的自衛権」は国際法上は持っているが,我が国は憲法9条によって行使をしないという選択をしている,という説明をするようになった。
  
 歴代政府,また法律家達が正しいとしてきた認識を一挙に覆しても,国民は大人しいものだと,安倍政権はどうやら,見くびっているのではないのか。
 参院選挙期間中には,「国会の予算委員会で追求されるのは大変だが,地方都市の駅前(でテキトーな演舌ブツの)はラクだ」と安倍首相は言ったはずだから,なんとまあ,国民も舐められたもんだ。
 武力行使できる国で当たり前とかブチあげてりゃ良かったのかどうか,「憲法改正は自民党の悲願」とまで平気でマスコミが言ってくれりゃあ,世話ないしなあ。
 軍事力世界何番目なのかどうか,軍事費は5兆円近い。

 衆議院議員 小沢一郎氏の「内閣法制局は,不要」とする,官僚の権威に寄り掛かった政策運営の不備を言う発言の重さにくらべると,安倍・自民は,開き直って実は歴代内閣法制局という“権威”に対する否定さえ,物ともしない態度も露骨だ。“権威”も,ただの我が家のブロック塀に仕立て上げたいだけか。
 何しろ,国民的議論など巻き起こっちゃあ,やりにくくって,だから「静かにやろうや」の麻生発言。
 憲法学者・首都大学東京准教授 木村草太氏の解説。発言のエッセンスをメモ。


   ✎    ✎    ✎    ✎

 憲法解釈とは,法文を読むだけでは,一義的に答えが決まらないことについて,答えを導くこと。
 たとえば,首相は靖国神社に公式参拝してはいけないとする条文はないが,宗教活動をやってはいけないという条文はある。
 では,首相の参拝が,政教分離の宗教活動に当たるかどうか,政府の宗教活動にあたるかどうか,宗教活動の定義をして,それをあてはめる。
 それが,解釈ということであり,法律家が理論を以って,やっている。

   ✎    ✎    ✎    ✎

日本国憲法 第三章
第二〇条
【信教の自由、国の宗教活動の禁止】
 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
 A 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式、又は行事に参加することを強制されない。
 B 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。


   ✎    ✎    ✎    ✎

 歴代政権は「集団的自衛権」についてどういう見解を示してきたのか。
 当初は,憲法ができてしばらくの間は,「集団的自衛権」というのは日本の実力組織が海外に行ってその国を防衛することであり,これはできないと,政府は説明をしている。
 岸信介も,第34回国会で,そういう説明をしている。

 1980年代に入って今の解釈が固まった。
「集団的自衛権」は国際法上は持っているが,我が国は憲法9条によって行使をしないという選択をしている,という説明をするようになった。

 憲法9条は,個別的自衛のために必要最小限度の対応しかとってはいけないという条文だと解釈していて,「集団的自衛権の行使」はその必要最小限度を超えるということだから,できないというのが,歴代(政府)の解釈。
 これは,憲法9条の論理から出てきているものなので,時代状況が変わ
ったから憲法解釈を変えられるというものではない。

 「集団的自衛権の行使」をするのであれば,それは憲法改正をしなさいと,ずっと法制局は言って来た。

 今の憲法に書かれている文章を,「集団的自衛権」も認めていると,技術的に読むことは可能なのかと言えば,少数説ながら学説はあり,まったく成立しない見解ではない。
 しかし,ここまで解釈の積み重ねがあり,非常に権威のある機関が言って来た解釈であり,個別的自衛のため必要最小限度の対応は認めるも,「集団的自衛権の行使」はできないという解釈は,妥当な解釈だと言われている。


 最大のポイントは,「集団的自衛権の行使」は政権が選択をしなければいけないこと。世界中のどの国も助けるわけには行かないので,場合,場合により,選択をしなければいけない。

 その手続きに関する条文は,憲法にはない。
 「集団的自衛権」を想定した条項がまったくないというのは,この解釈を補強する非常に強い論拠である。
 ここを乗り越えられないと,解釈改憲をしても,説得力の無い解釈だと批判される。
 非常に論理的で妥当な解釈を,強引に変えてしまうということは,解釈のやり方としてヘタだということだ。

 たとえば歴史を見ると,アメリカでは裁判官について,時の政権が気に食わない解釈を最高裁がやるので,政権に都合のよい解釈をする裁判官を最高裁に送り込もうというようなことは,しばしばある。
 その人事権を行使するのはルールの通りと言えばその通りではあるが,それがどういう帰結を生むか。
 ヘンな人事ばかりやると,法制局の,解釈者としての価値が非常に下がる。

 法解釈は,多数決で勝てばOKという世界ではない。理屈が通っていて,法解釈の世界で妥当だと判断される。法律家に支持されなくてはいけない。
それなりの人材を充てて,慎重な対応で法律的な判断をしてきたので,これまで 法制局の解釈はこれまでかなり権威を持ってきた。
 法制局が,強引なことをする,時の政権で動かそうとすると,法制局の権威が下がってしまい,結果的に,法律家に無視されやすくなる。批判されやすくなる。

 法制局の仕事は,憲法判断をやるだけではなくて,普段は地味な仕事をしている。法文を作り,たとえば,コートジボワールという国名が,過去には音引き表記があったかなかったかみたいなことを細かく調べて調整したり,法文の相互に矛盾がないかとか,「又は」とか「若しくは」とか使い方に整合性があるかとか,そういう地道な作業をやってる部署で,法文として使い物になるような地味な仕事をしている必要な部署でもある。
 違憲な法律を作ってしまうと後々大混乱になるから,権威のある憲法解釈機関を置いておくことも重要なこと。
 政府にアドヴァイスをする機関であり,それはやめておいた方が良いというようなことを言う所。法制局の意向をまったく無視して内閣なり国会議員が法案を出すというのは,理論的にはあり得るが,後々裁判所で無効と言われる可能性が非常に高くなるので,従うのが賢明だとして,歴代政権や国会議員は従ってきた。
 法制局が権限を持っていると言うよりは,法制局が法律家の支持を集めれるだけの法律判断・法解釈者としての実力を持っている人を充ててきたから,機能してきた。
 法解釈は,法律家の批判の中にあるので,法律家全体の支持を集めるように運営しなくてはいけない。

 そこの感覚が,現政権は,非常に弱い。

 憲法9条の解釈については,非常に優れた解釈であるので,これを変えるということであれば,条文自体を変えた方が良いと思う。

 解釈自体が妥当なものなのかどうかという所がポイントで,法律家の間でまったく批判の無い,妥当と言われている解釈を変えるということは,法律家の議論を知らない人の議論である。

 < 続 く >

◇ 参考
http://www.tbsradio.jp/ss954/2013/08/
TBS RADIO 954kHz
毎週月〜金22時〜24時55分(金曜は23時55分まで)
荻上チキ&南部広美 Session 22  8月14日(水)

『どうなる憲法』シリーズ第3弾
気鋭の憲法学者木村草太さんと考える「集団的自衛権」・憲法解釈見直しの動き

スタジオゲスト
首都大学東京准教授 木村草太氏〔憲法学者〕

電話ゲスト
元内閣法制局長官 阪田雅裕

国際法を学ぶために最適なテキスト
森 肇志(もり・ただし)著
『 自衛権の基層 ― 国連憲章に至る歴史的展開 』
¥ 7,140

画像 猛暑で息絶えたアブ

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